最終話:僕の未来の妻。

「僕・・・こんな美味いメシ、生まれてはじめてです」


「たくさん食べて元気ださなきゃですよ、角彦さん」


多分、思うんだけど僕はあの日火葬場から帰って来て珠代さんに

出会ってなかったら、どうなってただろう?

自分でも分からないけど・・・間違った選択をしていたかもしれない。

珠代さんと出会ったことは、これは運命。


僕の家で暮らすことになった珠代さん。

時代は違っても未来も今もそう変わったもんじゃないんだろう。

普通にスーパーにも、商店街にも買い物に出ている。


で、なんの義理もないのに、主婦でもないのに僕のために家事をして・・・・。

変わった人って思えば、変わった人・・・飄々としている。

決して悲観的じゃなくマイペースだしブレない・・・。

今の現状を素直に受け止めている・・・不思議な人だ、珠代さんって

人は。


近所の人たちは珠代さんが僕の家を出入りしてるのを見て思ってるだろう。

奥さんが亡くなって、まだ日も浅いのに、もう新し女性と暮らしてるって、

なんて薄情で不謹慎な旦那だって思うってるだろうな。


世間的には僕は人間失格になるんだろう。

でも世間がどう思おうと、そんなことはどうだっていいんだ。

今の僕は珠代さんのおかげで、亡くした妻の悲しみから解放されつつある。


もしかしたら珠代さんは神様が僕のために遣わした天使なんじゃないかって

思ってしまう。

珠代さんはまるで今日までずっと僕の家で暮らしてたみたいになんの違和感も

感じさせないくらい馴染んでいた。


まあ、たしかに他に行くとこともないわけだし・・・。

出ていくって言ったって、たちまちお金もない、働いてもない。

だから、現実問題どこにもいけない。


それ幸いにと僕は、珠代さんに、ほのかな想いを、行為を寄せ始めていた。

妻を裏切ってるわけじゃない・・・。

今でも妻のことは愛している・・・だけど人って生きた人とじゃなきゃ

生きていけない・・・亡くなった妻への想いは忘れないけど、僕はまだ

こうして生きている。


だけど、珠代さんはこれでいのか?

珠代さん自身の人生は?・・・未来を救うことは?・・・もう諦めてるのか?


「珠代さん・・・このまま僕の家にいていいんですか?」


「そうですね・・・でも、動きたくてもどうしようもないですからね」

「未来へ行けるものなら未来を救いたいって今でも思ってますけど」

「でも、過ぎたことは元にはもどせないとしたら・・・」


「未来での生活、思い出は記憶の中にあります」

「たしかに夫のことは忘れませんし、今でも愛してます」

「でもそれは過ぎてしまったこと・・・私は現実を生きてるんです、

だから過去にしがみついていてはいけないんだと思います」


「角彦さんだってそうですよ、いつまでも過去にこだわってちゃ

いけません」

もしかしたら私は角彦さんに出会うために神様が遣わされたのかもですね・・」

「今、ここにいることが私にとって全てだし、それが正しいことなんだって

思いたいです」


「もしですよ、もしこのまま角彦さんと暮らして、お互い自然の成り行きで

結ばれたとしたら・・・それはやっぱ運命だと思いませんか?」


「そうですね、自然の成り行きか・・・」

「たぶん、そうなんだと思います」

「いや、僕の中ではそれはもう現実になりつつあります」

「正直に言うと僕たちが結ばれるとしたらって未来はもう始まってると思います」


「私も同じです」

「この間までは私は未来を救うことを考えてました」

「でも今は自分のことを考えています、そして角彦さんのことを・・・」


「角彦さんの未来を・・・」


妻を亡くした僕は疲れ切って火葬場から帰ってきた。

どんなに辛くても悲しくても現実からは逃げられないのが現実。

精一杯の気持ちを抱えて火葬場から帰って用を足そうと僕はトイレに行った。

生理現象も否応なしに現実にやってくる。


で、なにげにトイレのドアを開けた・・・。


そしたら・・・・「うそ?」


一瞬自分の目を疑った。


僕の未来の妻が便座に座って僕を見ていた。


おしまい。


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トイレの珠代さん。 猫野 尻尾 @amanotenshi

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