とりあえず物語は、
サトウ・レン
鳥に会いにいきたい。
『俺、田中一郎。
死ぬまで教師をやっていたが、さっき死んだので、元教師だ。三十歳の誕生日に学校の屋上から突き落とされて死んだ俺は気付くと、大きなお城の謁見の間にいた。玉座に女の子が座っている。
「よく来ました。勇者よ」
と女の子が言った。年齢的には俺の勤めていた高校の生徒たちと同じか、それよりちょっと下くらいだろうか。可愛いが、険のある顔つきで、大学時代の元カノにすこし似ている。城内を見回してみると、初めてみるはずなのに、どこか既視感がある。何故だろう、と思っていると、
「それはあなたが創った世界だからよ」
隣から声が聞こえた。
「えっ」
と俺は思わず間抜けな声を出してしまった。隣には女性がいる。さっきまでいなかったはずの。黒く長い髪が印象的だ。「誰?」と聞くと、その女性が反応するより前に、「『誰?』とはなんですか! 失敬な」と玉座の女の子のほうが顔を真っ赤にして怒り出した。
「ごめんね」と黒髪の女性が言う。「私の声は他のひとには聞こえないから」
「あんたは?」
「あんた、って失礼な言い方ね。私は女神。ここにあなたを連れてきた者」
黒髪の女性は、どこか俺の初恋のひとに似ている。
「ふーむ」
「まぁ、とりあえず一回、時間を止めるから」と女神を名乗る黒髪の女性が何かを唱えはじめる。すると俺と彼女以外の動きが止まる。「これでいま話せるのは、私たちだけ。安心して何でも話して」
「えーっと、ここは?」
「パポロッカ城」
「もしかして……」
「ようやく気付いた?」
俺は大学の時、カクヨムというサイトで小説を書いていたことがある。ほんのすこしの間だけ、だが。そう俺そっくりの主人公が、死んで異世界に行き、そこのお姫様から頼み事をされるのだ。既視感があったのは、俺の文章だけの世界が、映像になっていたせいか。
「あぁ、……ということは、あんたはマリアか」
「えぇ、私はマリア」
俺は恥ずかしさで穴の中に入りたくなるが、そんな都合よく穴はない。マリア、それは中学校の時に好きだった女の子の名前を拝借したものだ。
そして目の前にいるもうひとりの女性、玉座に腰かける少女の名は、アリス。もちろん不思議の国のアリスからとったわけでも、有栖川有栖からとったわけでもない。大学時代に付き合っていた女の子の名前だ。付き合っていた、と言っても、本当に付き合っていたのかどうか、曖昧だ。なんとなく付き合っている感じではあったが、はっきりと言葉にしてそういう関係になったわけではなく、しかもすぐに自然消滅してしまったからだ。
「死んで転生した先が、俺が書いた作品の中なんて」
「分かった? じゃあ時間を進めるね」
また女神が何かを唱える。すると玉座のアリスがしゃべりはじめた。
「勇者よ。勇者、タナカよ。あなたには魔王によって鳥にされ、囚われの身になった父を救っていただきたいのです」
あぁそうだった、アリスは王の代理をしているのだ。鳥になった父親ってなんだよ。これを書いたかつての俺に対して、憎しみがわいてくる。
「……分かった」
結局、俺にはそう答えるしかないのだ。
城を出ると、女神のマリアが俺の後ろを付いてきて、「これから頑張りましょうね」と言った。
「女神と一緒に行動するのか?」
「あなたが、そう設定したんじゃない」
「全然、覚えてない。というか旅の目的は、鳥になった王様を助けて、魔王を倒すことなんだよな」
「えぇ、そう」
「でも俺の記憶だと、ここからすこし行ったところにある橋を渡ったところで」
「渡ったところで?」
「物語は終わる」
「なんで……!」
「だって俺、そこで書くのをやめたから」
「やめるな、アホ、カス、ボケ」いきなり口が悪くなったぞ。この女神。「どうしてそんなに飽き性なの」
「仕方ないだろ、反応がなかったんだから」
「反応がなくても、自分の書いた世界に転生する可能性くらい考慮して物語を書きなさいよ。物書きなら! せめて鳥に会えるところくらいまで」
「んなもん、考慮できるか」
「……はぁ」とマリアがため息をつく。「まぁいいや。とりあえず行けるところまで生きましょう。登場人物が勝手に歩き出す、って言葉もあるくらいだから。もしかしたら話が作者の手をこえて、進むかもしれないし」
意外と面倒目の良い性格なのかもしれない。
そして俺たちはその橋へと向かって歩き出した――――』
「えっ、これで終わり?」
俺、田中一郎。カクヨムで小説を投稿しようと思っている大学生。人生で初めての小説を書きはじめたので、俺より先に小説投稿サイトで活動している友人に、書いた小説を読んでもらった。その反応がこれだ。
「いや、とりあえず、そこまで書いてみた」
「女神の言葉じゃないけど、せめて鳥に会えるところまで書けよ。投稿はまだなんだろ?」
「うん」
「だったら、そのあたりまでストックしてから」
「えぇ。ここまで書くのに、一ヶ月掛けたのに」書いては消し、書いては消し、を繰り返し、ようやくここまで書けたのに。
「あっ、いや、そんなに落ち込むなよ。じゃあ、まぁ、とりあえず、一回投稿してみようか」
そして俺は、一話目を投稿した。投稿したことに満足して、俺が物語を新たに更新することはなかった。
大学を卒業し、俺は教師になった。
ある日、生徒から呼び出され、俺は屋上へと向かった。
とりあえず物語は、 サトウ・レン @ryose
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