8、終わり(2)
手を掴んだ。
「私は、あなたと共にいたい…。愛おしい人」
ブヲォンッ!と一際大きな音と共に私たちは放り出された。
球体を掴んでいた腕に金属の紐が絡んでいたが、引き千切られるように離れた。
腕が一緒に持っていかれるような焼けるような痛みを感じた。
一瞬気が遠くなったが、暖かな温もりに心が満たされるように穏やかな揺蕩いの中に落ちて行った。
気がついたら、彼が布を引き裂いて、私の腕に巻きつけている。指先から滴る赤い雫…。血?
床に点々と赤い雫の跡がついている。
私の白ぽいドレスは赤い小花が散っていた。
あら、綺麗ね…。
「ごめん。治癒魔法は専門外で。止血はしたから」
「大丈夫。ちょっと血が出てるだけよ。死にはしないわ」
笑って言ったつもりだけど、笑顔で言えてるかしら…。
彼の表情が曇ってしまった。
心配してくれてるんだろうけど…。
金属の紐が束になって、ゆっくり私に近づいて来た。
彼の背中で視界がいっぱいになった。
この大きな機械に敵意のようなものは感じられない。寧ろ、同志のような近しいモノに感じられる。
「大丈夫。彼は私に用があるだけ。ーーー手を握っていて」
彼の背に手を添えて訴えた。
不安そうな彼を安心させたくて…違うわ。私の不安を和らげたくて、お願いした。
痛いぐらいに手を握られた。
「何がお望み? 私自身はここを出たいの。ごめんなさい…」
床にシミになってしまった血を金属のの紐が手のように撫でている。
「血? 血が要るの?」
なんとなく喜んでるように感じた。
可愛い。
「あまりはあげれないけど。死なない程度だったら持っていって?」
「ミッシェルッ」
隣りで息を詰まらせながら、カイが手を引き寄せた。
床に座っているのに、バランスを崩しかけた。
紐が慌ててる。
「大丈夫。私、死にたくないの。分かる? 私はこの人と一緒にここを出たいの。ーーーダメかしら」
布の巻かれた腕に優しく絡んでくる。
痺れた感覚の中にチクリとした感覚を感じた。
採血の時のあの感じ…。
神子になって定期的に血を取られた。
健康診断だとか。血で何が分かるのか分からないけど、病気になる前の対処したいんだとか。
病気の初期に見つけて、退治しようって事かしらと思っていたけど…。
身体が冷えてくる。
沢山持って行くのね、欲張りさん。
「なんで君たち『星の神子』たちは、自分を大切にしないんだ!」
カイルが叫んでる? 声が遠いわね…。
「もうこれ以上は死んでしまうッ!」
泣いてる?
泣かないで?
あなたの泣き顔は、心臓が鷲掴まれるように痛い。
掴まれた手を彼ごと持ち上げ、彼の頬を撫でた。
「泣かないで。私の、好きなのは、笑顔。あなたが笑って、くれるのが、私の幸せ…」
ちゃんと届いただろうか…。
泣き笑いのカイの顔を見ながら、瞼が重くなってきた。
「もういいだろッ!」
沈みゆく意識の中、機械が『ありがとう。さようなら』と言ってくれた。
コレで彼は大丈夫なのだと思う。
カイが言っていた『始まりの人』だろうか。ローブの背の高い男の人がいた。
その横に寄り添う人は…。綺麗な女の人…。初代の『星の神子』のような気がする。
良かった…。
「ママ〜、カブトムシ捕まえたぁ」
幼子が駆けてくる。
あの後、気づいたら神父さんが、汗だくで治癒魔法を使い、お医者さまが白衣を血に染めながら私に輸血したりしていた。
私はそんな二人とその周りを忙しそうに動き回ってる看護師とカイルを目で追っていた。
「気づいたよッ、カイ!」
神父さんが私の様子に気づいた。
「ミッシェル」
そばに来てくれたら嬉しいなぁって思ってたら、現実になって嬉しかった。
名を呼んだつもりが声が出ない…。悲しい。
「あのポンコツ、ギリギリまで血を持って行った。無茶をして…。だから、王様に挨拶どころか説明してる時間もなくて、ここまで君を攫って来た感じになってて…。ここは今、王兵に囲まれてたりするんだけどね」
あらあら…。笑ってしまうわね。
「今から説明に…離してくれないか?」
行ってしまうと感じがしたから、彼の服を掴んだ。行くなら一緒に。
「カイ、行くなら一緒がいいんじゃないか? 大雑把なところは説明してくるよ。殺されそうになったら…ごめんね」
さっさと神父さんが出て行ってしまった。
私は人質になってるんだから大丈夫って最後に言い残して外に出て行った。
ちょっと危ない事になったそうだけど、あの神父さんはそれ以上は言わなかった。
動かして良いとお医者さまから許可を貰うとすぐに神父さんの後を追ったんだけど。
カイルにお姫様抱っこで運ばれての謁見は恥ずかしかった。
王様もこの国を思えばの所業だったけど、そもそも、伝えるのを口伝にしてるところでアウトな気がするわ。
『神子』達の恨み節をみっちり返して、私は自由を手に入れた。
カイルは定期的に機械を見に行く。
私は子供とお留守番。
彼は二度とあの機械と私を会わそうとしない。
分からなくもないが、私は遠く離れた王都から広がってくる優しい波動を感じている。
ひとりの乙女とひとりの天才が出会った事で危機を回避し、今もこの国を守っている。
地下に潜っていた『知』に連なる者も徐々に王都に集まっているそうだ。
きっとこの子が大人になる頃には、空にある脅威は脅威でなくなってる事だろう。
私は今もこの国の生きとし生けるもの全てが幸せで、笑顔である事を願っている。
一番の願いはもちろんこの子とカイル、そして、もうすぐ会えてるもう一つの命。
草木を撫でる風が私の髪と頬を撫でていった。
乙女の祈りは、誰の為に アキノナツ @akinonatu
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