7、終わり(1)
彼はトランクを下に置いて、扉に掌を押し当てた。
ブゥゥン…と腹に響くような音がした気がする。
扉と思ったところが溶ける様に無くなり、出入り口が開いた。
中はよく見えないが、何かがチカッ、チカッ、と様々な色の光りが点滅してる気がする。
彼はトランクを手にすると、私の手を引いた。
引かれるまま一歩入る。
ぐらっと身体なのだろうか、頭なのか、中身なのか、吐き気が伴うような奇妙な歪みを感じた。彼の腕を掴んだ。平衡感覚がおかしくなる。
中に入ったところで暫く立っていた。
辺りが少しずつ明るくなって来る。
グラグラするのが少しマシになって来た。
ふと気になって振り返ると黒い。淡く光ってたはずの通路があったはずのあの出入り口がなくなっていた。光が見えないから閉じてしまったのだろう。
退路がなくなってしまったのが不安になる。
自然と彼を掴む手に力が入ってしまう。
二人でいれば怖くはないが、勇気を奮い立たせる。
一歩入っただけだと思ってたのに、随分と中に入ってるようだ。不思議。
きょろきょろと周りを見てしてしまう。
見上げる程の大きな機械があった。首が痛い。
ますます頭の中に『?』がいっぱい。
「ふふっ、不思議だよね。こんな空間どこにあるんだって思うよね。この鞄と同じ。空間を歪ませてコレを入れる空間を作ったんだよ。これは先人達の努力の結晶さッ」
得意げに彼が語る。
声もなく見上げる。
あの古びた本の記述を思い出した。
『なんやかんやとやってた事』がコレの様です。
あの古びた本の神子さまたちは、あんまり分かってなかったって事だと思った。私も含めて。
確かにコレを文章なりで表現しようとしたら、抽象的になってしまう。中身がよく分かってなければ尚の事。
「これからどうするの?」
「コレを組み込む。そして、ほんの少し君の祈りをコレに込めて貰えば起動する。そうすれば、星の脅威が無くなるまでコレが『星の神子』の役割りをしてくれる。ーーーー起動が終わったら、王様にでも挨拶に行こうか。そして、旅立とう。どこに行こうか?」
嬉しそうに言葉が跳ねている。
明るい声と言葉に心が躍る。
希望が満ちてる。
私はこの塔を離れて好きなところへ行ってもいいし、王族に物の様に扱われる事もなくなる。
彼も同じ気持ちだと感じた。
私達の前に輝く道が開けてると感じていた。
絡めていた指を解き腕を離す。
見つめ合ってしまった。
私たちが出会ってまだ1週間も経っていないのに、随分前から知ってる懐かしい感じがする。
愛おしい気持ちのまま、彼の胸に身体を寄せていた。
彼の腕が包む様に抱きしめてくれた。
彼の匂いに満たされた。
大丈夫。
そう確信していた。
「話したい事がいっぱいあるんだ。あの時遠目だったけど君を見た時から、俺がその手を掴んで連れ出すって心に決めて頑張った。やっと努力が、俺の、否、先駆者たち、『知』の者たちの念願が…。さあ、始めよう…」
身体の染み入る様な声音を聞きながら、身体の奥から湧いてくる温かい物に包まれた。
『星の神子』達の念願でもあるのかも。
『星の神子』達は、皆、この国の地と人を守りたい気持ちだけで祈り続けた。
時には心折れそうにもなっただろう。
だが、自分の大切な人たちを思えば、頑張れたのだと思う。
この魔道機械にその役割をお願いしてもバチは当たらないのではないだろうか。
安心出来る温もりからそっと身体を離す。
始まる。
彼はふわりと片膝を折ってしゃがみ込むと、恭しくトランクを開けた。
組み上がった機械を捧げて持って、見上げる大きな機械の中に差し入れ、最後の作業を始めた。
長い様な短い様な時間が過ぎていく。私はただただ彼の背を見詰めるしかなかった。
振り返った彼の明るい顔に思わず微笑んでいた。
手が差し出された。彼の掌に手をそっと乗せて合わせた。
優しく握られ、機械に導かれる。
「祈って。君の気持ちを込めて。『星の神子』の想いの全てを…」
言葉が心地よく鼓膜を震わせている。
トクントクンと心臓が煩くなってくる。
導かれた水晶の様に透明にも見える金属の球体を手で包む。
握った手に手を重ねて、祈る。
祭りで踊った人々の顔を思い出す。
父と母を思い出す。
彼を思い描く。
私の、私達の、この国の皆を、これから守られる世界を…思い描いた。
祈りを込めた。
強く、強く、皆の幸せを祈った。
全てが昇華して溶け込んでいく様だ。
「離れて! 強過ぎる!」
機械が唸り出した。
ドクゥン、グオォン、ドクゥン…
自分の心音が同調してる様だ。
ふわりとした気持ちで意識が白くなって溶けていく。
「手を離すんだッ!」
彼の声が遠くで聞こえる。
『手、離す? 手とは?』
「行くなッ! 彼女を連れて行くなッ! こんな事は書いてなかったじゃないかッ!」
金属の紐の様な物が生き物の様にこちらに近づいてくる。
嗚呼、私はこの大きな機械と一緒になるのね。
この機械と一緒に私の『星の神子』の祈りが、この国を、星を包むのね…。
素晴らしいわ…。
祈りが全てを包むなんて…なんて素敵なの。
私の愛しいもの全てを守れる…力。
大好きな人々、生きる者たちを……。
「ミッシェル! 君は僕と帰るんだッ! 失うくらいならこんな機械! 壊してやる! 作るんじゃなかった…ッ」
酷い事を言う声がする。
振り返ると、ひとりの青年が立ってる。私を掴んで引っ張って…。管を私から遠退けようとしていた。
機械と私の隙間に無理やり入り込んで来ようとしている。
大きな音がする。
邪魔だと告げている。
私と機械の邪魔をする存在…。
「ミッシェル! ミッシェル! この手を掴んでッ!」
……私の…わたしの名前。
久しく聞いてなかった。忘れてかけていた、私の名前。
『星の神子』となった瞬間から、私から名前は無くなってしまっていた。
「カイ…」
確か、彼の名前?
神父さんが言っていた…。
「そう! カイル! 僕の名は、カイル。君にこの名を捧げる。君を失いたくない。僕と一緒に来てッ!」
強引に私の手を握った。
引っ張られる。
あの祭りで引かれた手と同じ。
私は、私は、彼に恋をした。
淡い恋心は、彼の来年も踊ろうという誘いに、火をつけた。
胸が熱い。
一緒にいたい!彼と共に。
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