とりあえず10月の借り物革命

独立国家の作り方

第1話 矢は放たれた

 私はその日、何気なく体育祭の日を迎えていた。

 とりあえず、、、気が進まないけど、学校へ向かう。

 女子の中でも、運動部に所属している訳でもなく、特別体力に自信のあるタイプでもないので、今日が特別な日とは考えていなかった、、あの瞬間までは。


 紅白に分かれたクラスごと、テンションの上がらない男子生徒も、午後になると、ようやく敵味方の一体感が生まれ、「だるい」を連呼する同級生たちの応援にも、熱が入り始めた頃だった。


 私が参加する競技「借り物競争」


 正直、目立ちたくないと言う心理が働き、出来れば無難に終わってほしいと思う私は、どうか適当な「借り物」を引くことを願いながらのスタートとなった。


 一斉に走り出す女子生徒達。

 借り物競争の用紙が置かれた場所が近付いて来る。

 そして、特別早くもなく、遅くも無く、私は借り物が書かれた紙をゆっくり握り締める。

 どうせ、借り物を早く借りられた人が勝つ競技なら、足の速さなんて関係ないと思ったからだ。

 そうして用紙に書かれた「借り物」の内容を見て、私の一日は、まるでその瞬間から朝を迎えたかのように、一瞬でひっくり返った。



 その紙には、一言「核兵器」と書かれていた。



 そう、核兵器、、、?。

 誰かの悪戯?、そんな言葉で済ます事なんて出来ない、教師なのか、生徒会なのか、それとも体育祭実行委員か、、、、


 いずれにせよ、これが仮にジョークだったとして、書いた人物はとてもセンスが良い。


 だって、仕方がないではないか、借り物競争の紙に「核兵器」と書いてある以上、私がこれを借りて来なければ体育祭に終わりは来ないのだから。


 そう、私は今、大義名分を得たのだ。

 ならば、とりあえず、、、、やるしかない、核兵器、借りてやろうではないか。


 現在、公式に核兵器の保有を宣言している国家は米国、ロシア、フランス、英国、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の 9カ国、非公式に保有している国家もあるとは思うけど、時間を考えれば、とりあえずこの9ヵ国と交渉をし、借りてくるのが早いいと思った。


 迷い、考える時は既に終わっている、今は実行あるのみだ。


 私は家から持って来ていた包丁を取り出すと、何かを借りに来たフリをして、放送席のアナウンス係に襲いかかった。

 放送用マイクは、その女子生徒の綺麗な悲鳴を、何処までも響かせた。


 周囲はその異常性に速やかに気付くが、人質を取られた状態の放送席に近付く事は教師でも出来ない。


 教員たちは、早速下手な説得を始める。

「早く、その女子生徒を離しなさい」とか「今ならまだ間に合う」など、本当にセンスの欠片もない。

 借り物競争に「核兵器」を要求したあのセンスは何処へ行ったのだ。


 間もなく警察が大挙して学校に駆け付けた。

 緊急自動車のサイレンと赤色灯が、午後の校舎を彩る。

 まるで昭和の不良校のように、学内は生徒と警察とでカオス状態だ。


 そして私は思った「勝った」と。


 警察官の群の中に、同じく刃物を持った生徒が複数乱入する。

 彼女達の狙いは警察官が携行している拳銃だ。


 いくら屈強な警察官とは言え、これだけの人数の女子生徒が襲いかかれば拳銃の一丁くらい奪えるだろう。

 警官の拳銃ホルスターから銃を抜き取り、吊り紐を包丁で切り取り手際よく強奪すると、そのまま拳銃を警官に向けた彼女達は、ゆっくり下がりながら仲間を逐次後退させた。


 私達のグループは、こうして刃物から拳銃へと武装のステージを一つ上げることに成功する。


 人質の女子生徒には、我々のグループと共に、校舎内に入ってもらう。

 警察は、私達が高校生であることと、女子生徒であることから、拳銃の使用に踏み切る事が出来ずにいるようだった。 


 甘いよ、お互いが銃器を持って対峙していれば、そこはもう戦場なんだ。

 現場の甘さは、後々遺恨を残すことにきっとなる。

 

 退屈な予定の一日は、とてもエキサイティングな一日へと豹変し、今、太陽は沈みかけていた。

 この借り物競争は、当然今日一日で終わる事はない。

 長い戦いになるだろう。

 それでも、生理現象の全ては、相手に対して隙を見せる事を意味する、それ故、あまり時間をかけられない事情もある。

 私は、先ほど警察を襲撃した子たちと合流し、一階放送室を占拠した。


 一先ず、私達は放送設備を使って警察側との交渉へ移行した。

 なぜ電話ではなく、放送設備を使って交渉したかと言えば、私達の主張が出来る限り多くの人の耳に入る必要があったからだ。

 私達の行動原理を、途中で改竄されては、真に「核兵器」を借りる、という目的を果たす事は出来ないだろう。


 まず、私達の要求通りに動く分には、人質に危害は加えないこと、電源、水、ガス等のライフラインを切断しない事、当面の食料と逃走用のヘリコプターを操縦手付きで要求した時点で電話が鳴った。


「はい、放送室、ご用件は?」


「君たちは、立て籠もっている女子生徒でいいのかな?、私は今回、この交渉に当たる県警の交渉担当官です、少し話がしたいけど、いいかい?」


 優しそうな声だ、私達を刺激しないよう、かなり気を遣っているのが解る。

 しかし、目的のためだ、これがネゴシエーターであることは承知している、余計な事を話すつもりはない。


「こちらからお話しする事項は一点のみ、人質解放の条件を話してもいいでしょうか?」


「いや、その前に、少し話がしたい、どうか落ち着いて」


 あちらは明らかに焦っている、テロリストが相手に条件を一方的に話してしまえば、それはカウントダウンの始まりだ。


 そう、このネゴシエーターはミスを犯した。


 それは私達が、発作的に行動を起こした、ただの女子高生だと考えていたことだ。

 準備を周到に行ったテロリストの要求を、安易に聞いてしまった愚かさを悔いる他は無いだろう。


 私は、放送設備を使用して、声高々に声明を発した。


「要求を言い渡します、日本政府は米国に対し「核シェア」を申し入れること、そして、その核兵器の使用権限を、私に委ねること、以上です」


 日本人よ、この放送は、ネットを通じて世界中に配信されるだろう。

 さあ、どうする?、戦後日本が被爆国という建前から、核兵器に対して背を向け続けた報いを受ける覚悟はあるか?

 

 日本が、核というアレルギーをこじられている間に、世界は非核に動いたか?

 現保有国は一か国でも核を放棄したのか?

 日本の平和憲法は、世界を納得させることが出来たか?


 この世界から、戦争はなくなったのか?


 今も世界は戦いに満ちている、戦争反対と言って戦争当事者は耳を貸したか?

 反戦のロックンロールは、首長の耳に届いたか?

 そんな温いぬるい理屈を、いい大人が雁首揃えて唱えているから、この世界から戦争は無くならないんだ。


 日本の平和憲法が、平和を作る、、、?

 出来る訳がない。


 これら戦後の平和論は、日本人だけが損をする仕組みになっている不平等条約。

 それを自らの手で首を絞める、愚かな民族となり果てた。


 間もなく、ネゴシエーターが何やかんやと理由を付けて、結局それは無理だという結論を伝えてくる。

 

 では、仕方がない、やるか。


「そちらの言い分は理解しました、ならばこちらの取るべき行動は一つ、人質の四肢を一本づつ奪って行きます」


「待ってくれ、他に何か方法は無いのか?、どうして君たちはそう結論を急ぐ」


 バンッーー   ツッーーー   ー


 拳銃の音が、放送設備によって更に増幅され、後から長い悲鳴が、追いかけるように聞こえてくる。


「まて、今、何をした!、頼むから、少しでいいから話を聞いてくれないか」


 バンッーー   ツッーーー   ー


 同じ事が繰り返された。

 これには流石のネゴシエーターも、絶句してしまい、警察側からの交渉は一時的に停止した。


 テレビを点けると、私達の高校が空撮されている。

 上から見る学校は、なんだか新鮮だ。


 まったく大人はみっともない、こんなに大騒ぎして。

 往生際良く交渉に応じれば、これほどこじれないものを。


「解った、君たちの要求を一部飲む、たった今、内閣総理大臣から、その件について話を聞く旨の連絡が入った、どうか、直接総理と話をしてもらえないだろうか」


 地方の警察にしては懸命な判断だ、やはり交渉のやり取りが放送されているこの状況は有利に展開する。


 でも、内閣総理大臣の名が出たという事は、第1ステージはもはや潮時、、、奴らが来る。


「みんな、解ってるね、予定通り、地下通路から校外に出て、交渉を継続する、状況はネット配信に切り替える、いいわね」


 人質役の女子生徒を先頭に、私達は地下通路に入った。

 これもあらかじめ準備された経路。

 人質も、勿論最初からグループのメンバー。

 さっきの銃声も、実際には彼女を傷付けてはいない、何故なら人質の四肢を傷付ければ、これ以降の逃走に制限が出る。

 

 あの放送室には、警察の特殊急襲部隊(Special Assault Team, SAT)が突入し、私達の確保に動くだろう。

 テレビ中継のヘリが、空撮を中断したのが多分その合図だ。

 私達の言論を封じるには、もはや実力行使しかないのだから。

 でも、そうはさせない。

 こちらもそれはお見通し。

 私達の配信は、その一部始終を映し出す事だろう。

 

 何もしない事が、無責任な平和論であることを白日の下に晒し、日本が真に独立国として目覚めるその時まで、私達の体育祭に終わりはない。


 核兵器は持たない、という理屈では、嫌いなものを遠ざけているに過ぎない。

 本当の核管理とは、核兵器を保有した所から始まる。

 

 私達のグループは、何日も何週間も、何か月も話し合った。


 「本当の平和」とは何か


 何をすることが本当の平和なのか。

 何もしない事、武器を持たない事が、本当の平和なのか?。


 私達は、一つの結論に至った。


 武器を持って、武器を管理し、その上で武器を使わない事こそが本当の平和であると。


 なぜなら、人類は既に核兵器を持ってしまったのだから。

 世界中が一斉に核兵器を放棄したとしても、テロリストは再び核武装し、世界をひざまずかせることだろう。

 持っている国は、持たない国に対して核開発を「国際法違反」だと言う。

 そりゃ、そう言っていれば、保有国の安全は確保されるのだから。


 持たないのではない、持って管理する能力を得る事が、本当の平和なのだと。

 管理する能力が無いから持ちません、では、きっと本当の意味で平和とは言えない。


 人間は間違う生き物。


 だから、間違わないように、私達は相互に監視し合う。


 もし、核兵器を持つこと自体が罪だというのなら、世界中にある全ての「道具」を放棄することが平和だと言うことになるじゃないか。


 鉛筆だって、人を刺せる、命を奪える。

 その鉛筆で感動的なデッサンを描く人もいれば、文章を書く人もいる。


 では、鉛筆は尖っているから持つことは罪だ、と言うだろうか。

 要は、使う人が、それをどう使うか、何に使うか、それだけの話なんだ。


「管理することが出来ないから、持たない」、という人は、結局、核兵器でなくとも、尖った鉛筆ですら、人を傷つける恐怖を克服する事なんて出来ない。


 だから勇気をもって、「持たない」から「持つ」へシフトすることが日本人には必要なんだ。


 私達は内閣総理大臣に対して、そんな話をするだろう。

 きっと、日本国民はヒステリーを起こして私達を悪魔のように責め立てるだろう。

 口先で「平和」と言っていれば、自分たちは平和論者の側に立てると勘違いしている愚かな人々。


 それでも無責任な平和論に酔った日本人には、自分たち自身が地球の反対側の子供達を、戦火で焼き殺している意識は無いのだろう。


 非力であることが罪である事。

 何もしない事が、実は一番の罪であること、私達は今回、実力をもって問題提議をする、それが私達の目標だ。


 とりあえず、保有が出来ないのであれば、借りればいいんだ。


 今日、私が借り物競争で「核兵器」を引いたように。



 放送室に、特殊急襲部隊が突入したようだ。 

 地下通路を進む私達の頭上では、閃光発音筒フラッシュ・バンの爆発音が複数発せられ、短機関銃の銃声が盛大に鳴り響く。


 そして私達は、更に地下へと進むのだった。

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