或る大学生による“取り敢えず”ビールの疑問

佐倉伸哉

本編

「どうして、“取り敢えずビール”なんだろう」

 居酒屋の席、る大学生は友人にそう投げ掛けた。友人はお通しの枝豆を飲み込んでから答える。

「さぁ、何でだろうな」

「日本では古来より酒と言えば日本酒、清酒は庶民に手が届かないから濁酒どぶろくがメインだった筈だ。それがいつの間にかビールに置き換わっている。不思議に思わないか?」

「いや~、そこまで深く考えた事はなかったなぁ」

 友人は「また始まった」とばかりに苦笑いを浮かべる。理系脳の彼は疑問を抱くととことん追求せずにいられない性質を持っていた。自分一人で勝手に考えてくれる分には構わないが、他者からの客観的意見を欲する彼は気の置けない友人を相手に導き出した推論を熱弁するのが常となっていた。巻き込まれる友人も左程さほど迷惑に感じておらず、いつも面白いなと思いながら話を聞いていた。

 すると、大学生はスマホを取り出して調べ物を始める。一通り調べ終えると、堰を切ったように喋り出す。

「……ビール、これはオランダ語である。これは江戸時代にオランダから渡来した事に由来する。主に発芽はつがさせた大麦にビール酵母こうぼを加える製造方法が一般的らしい。その歴史はかなり古く、紀元前5千年には存在したとか。日本で製造が開始されたのは明治になってから。その後、地ビールブームが沸き起こるも、政府による酒税範囲の拡大により終息。一時は一社による独占状態になるが、終戦後にGHQがこれを問題視し分社。現在に至る」

「ほうほう」

 友人は相槌を打ちながら、焼き鳥を口に運ぶ。大学生の独演はさらに続く。

「日本で流通されているビールは“ピルスナー”と呼ばれるスタイルを指している事が多い。これは日本に限らず、世界で醸造されているビールの大半は“ピルスナー”スタイルらしい。ただ、最近では独自性のある地物ビールを醸造する所も増えてきており、ビールも多様性の時代に移り変わりつつある」

「ふむふむ」

「江戸時代は海外からの輸入、明治以降は製造量が少ない上に独占状態にあった為、庶民には手が届かない高級品だったみたいだ。変化が現れ始めたのが、高度経済成長期。GHQによる分社や新規会社による参入で価格競争が発生し値段が下がり、それと平行して労働者の待遇が改善され、庶民に馴染みのある飲み物になった。ビールの特徴である爽やかな苦味と炭酸の爽快感が仕事終わりのサラリーマンや肉体労働者の疲れを吹き飛ばす感覚にしてくれたからこそ、習慣が定着した……そう考える」

 言い終わるなり、彼は自分のグラスに入っていた中身を一気飲みする。熱弁を振るい喉が渇いていたみたいらしく、なかなかな飲みっぷりである。

「成る程な。馬車馬のように働く社会人にとって至福の一杯だったという見立ては確かに筋が通っている。でもな……」

 友人は全てを聞き終えてから、サラリと答えた。

「難しい事は置いといて、この場を楽しもうぜ。何飲む?」

「ウーロン茶」

「だよね。酒どころか炭酸苦手だもんな」

 アルコールも入っていないのにイケイケで話せるのはある意味才能だなと友人は思う。そう言う友人もまたビールではなくハイボールである。お財布に余裕のない大学生にとってビールは高級品、サワーやハイボールが定番だ。

 自論を思う存分披露した彼は、スッキリした表情でメニュー表を眺める。彼もまたこの場の雰囲気を楽しんでいるのだろう。楽しみ方は千差万別、飲めようが飲めまいが関係ない、この雑多な雰囲気の中で思い思いに楽しんだ者勝ちだ。ほろ酔い気分の友人は、そんな事を考えながら呼び鈴を押すのであった

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

或る大学生による“取り敢えず”ビールの疑問 佐倉伸哉 @fourrami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ