【15】
光と渚はその場で公安の刑事たちに現行犯逮捕され、警視庁に連行されることになった。
まあ、そのことは十分想定内だったので、2人共全くと言っていいほど気にしていない。
「お前らみたいな、ふてぶてしい犯罪者は反社以外に見たことないぞ」
2人を逮捕した田中刑事は、呆れたようにボヤいていた。
取調室に連れて行かれた2人を待ち受けていたのは、警視庁公安部公安第三課長の
ヒカナギコンビとは因縁の間柄だ。
「貴様ら、一体何を考えているんだ!民間人の女子が政治家の邸宅に乗り込んで、住民に暴力を振るうなど、前代未聞だぞ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らしたが、いかんせん声が高いため、あまり迫力がない。
それよりも渚が久比の顔を指さして、「明太子マヨネーズ」と言ってツボに嵌り、光も釣られてお腹抱える始末だ。
久比が2人の態度に我慢の限界を超えようとした時、取調室の扉が開いて、
彼を見た久比は、露骨に不快な表情を浮かべる。
「伊野君。言っておくけど、こいつらを逮捕したのは公安だからね。刑事部は口出さないで欲しいな」
伊野は久比の言葉を聞いて、凶悪な笑みを浮かべる。
「ところがな、その2人の身柄は、刑事部で引き受けることに決まったんだよ」
「な、何を言ってるんだ。そんな横車を押そうたって、今度ばかりはそうはいかないぞ」
久比は伊野に対して、普段では考えられない程強気の態度に出たが、あっという間に覆される。
「俺が勝手に言ってんじゃねえよ。警視総監命令だ」
「は?警視総監命令?」
「そうだよ。さっき警視総監直々に、俺の所に電話があった。疑うんなら、お前が直接確認しろよ」
そう言われて一瞬言葉を失った久比は、恐る恐る伊野に確認する。
「それって、もしかして
「そう。その大蝶君だ。奴が官房長官動かした気配が濃厚だな。それに久比よ」
伊野はそこで一旦言葉を切って、久比の顔を
「今回の1件は本質を外れて、既に政治案件になってる。お前ら公安も、これ以上関わらん方が身のためだ。それじゃあ、2人は連れて行くぞ」
そう捨て台詞を残して、伊野はヒカナギを取調室から連れ出してしまった。
後に残された久比たち公安部の面々は、言葉もなく呆然としていた。
***
光と渚が連れて来られたのは、刑事部の取調室ではなく、伊野の執務室だった。
「あんたらなあ。いくら何でも今回はやり過ぎだぞ」
伊野は席に着くなり、開口一番渋い表情を作って言った。
「悪かったよ。でも、ああするのが一番手っ取り早いと思って」
光は一応素直に詫びたが、渚は開き直る。
「言っとくけど、あたしはこいつの暴挙に巻き込まれただけだかんね」
「手っ取り早いとか、巻き込まれたとか。まったく…。」
そこまで言って、伊野は頭を抱えた。
警視庁内で、文字通り鬼として恐れられている伊野も、2人に掛かっては形無しである。
「言っておくが、あんたらの容疑は、不法侵入に、暴行障害、凶器不法携帯、その他諸々だ。いいか。これだけ罪状が揃えば、幾ら初犯で情状酌量されても、実刑は免れんのだぞ」
「げっ。刑務所入り?マジか?」
伊野の言葉に、光は初めてことの重大さを認識したようだ。
しかし渚は、都合のいいことを並べ立てる。
「この間のストリームやっつけた件で、チャラにしてくれんかな?」
「やれやれだな。思い出したが、テーザーガンやらスタングレネードやらは、一体どこから入手したんだ?」
「そこは企業秘密ということで。あれって公安に没収されたけど、もしかして返してくれたりしないよね」
「そこまで警察は甘くない」
「やっぱり。まあ、消耗品だからいいや」
渚の言葉に、伊野は呆れるしかなかった。
「それよりさあ。ストーカーってどうなったの?」
「ああ、沢渡君か。彼は一応病院に搬送されたが、特に体調には問題はないそうだ。ついでに言っておくと、蘇我三千子と教団の信者も大丈夫らしい」
伊野の言葉に、光はホッと胸を撫でおろす。
自分たちがやったこととはいえ、気にはなっていたのだ。
特に『萬福軒』のおっちゃんと奥さんのことは。
「ほんで、あのハゲデブとか日本刀持った親父とかは?」
横から渚が訊くと、伊野は渋い表情を浮かべた。
「連中はかなり重症だ。骨が折れたり、砕けたりしているらしい。まあ、連中は自業自得だろう。私邸内とはいえ凶器を振り回して、その上女性2人にのされたんだからな。情けないにも程があるだろう。それより、あんたたちの処遇だがな」
伊野の言葉に、ヒカナギコンビは思わず身を乗り出した。
「今回の1件は、なかったことにする」
「はあ?」
「どういうこと?」
「だから、蘇我邸では何も起こらなかったし、そもそも沢渡君も誘拐されなかったということだ」
「何それ?意味分からんのだけど」
光のツッコミに、伊野はさらに渋い表情を作った。
「納得いかんかも知れんが、今回は痛み分けだ。あんたたちの処分を不問にする代わりに、蘇我三千子が起こした誘拐事件も不問ということだ」
なおも光が言い募ろうとするのを、渚が遮った。
「それって、あのオバハンの親父の、蘇我だっけ?そいつが納得するの?大物政治家なんでしょ?」
「それについては心配いらん。既に永田町で決着がついているそうだ。大体今回のことが公になったら、困るのは蘇我大道の方だからな」
「それ、もしかして大蝶のオッサンが?」
「そうだろうな。あいつが色々画策して、握りつぶしたと思ってくれればいい」
「結構親切だね。あのオッサン」
光がそう言って感心するのを見て、伊野は苦笑する。
「いや、あいつはそんな玉じゃないよ。自分に利益がなきゃ、絶対に動かん奴だ」
「まあ、付き合い長いあんたが言うんだから、間違いないんだろうね。と言うことは、別にあたしらも感謝する必要はないと」
渚の言葉に、伊野はさらに苦笑せざるを得なかった。
「言っておくがなあ。あんたら間違いなく実刑だったんだぞ。それ以前に、女2人で武器持った連中の所に乗り込むなんざ、正気の沙汰とは思えん。いくら腕に自信があるか知らんが、無茶するにも程があるぞ」
伊野の説教に、2人は同時に頭を掻いた。
「まあ今回のことは、俺たち警察の不手際も多かったから、あんたたちに迷惑かけたしな。これからは、絶対無茶せんでくれよ」
最後は2人とも、素直に頭を下げるのだった。
***
それから数日後。
光と渚は、『萬福軒』を後にして、マンションに戻っていた。
さすがにこれ以上バイトを続ける訳にはいかなかったが、渚が一度ラーメンを食べてみたいと言ったので、挨拶がてら『萬福軒』を訪れた帰りだった。
おっちゃんも奥さんも、今回の件について平謝りに謝ってくれたが、光は気にしないでと言って、あっさり水に流した。
いつもまでも拘るのは性に合わなかったし、渚にスタンガンで失神させられた娘さんも、幸いかすり傷1つなかったようなので、お互い遺恨は残らないと思ったからだ。
「光さあん。渚さあん」
後ろから馴れ馴れしく呼ぶ声がしたので、2人が同時に振り向くと、小男が2人、息せき切って走って来る。
「何、お前。もう大丈夫なん?」
光の問いに、沢渡は嬉しそうに返事する。
「お陰様で。光さん、心配してくれたんですね!ぐふっ」
途端に光のボディブローが炸裂した。
「別に心配してねえし。それから、あたしを馴れ馴れしく名前で呼ぶなって、何回言ったら分かるんだ?このボケがっ!」
すると沢渡が悶絶している横から、小宮山がしゃしゃり出てきた。
「これが沢渡さんが言ってた、光さんの愛情表現ですか」
その言葉に、光が思わず切れそうになった時、すかさず渚が小宮山の背後に回った。
そして首に腕を回すと、チョークスリーパーを掛けて締め落としてしまった。
ヒカナギコンビは、悶絶している2人を見下ろして、言い放った。
「お前ら、今度近づいてきたら、マジでぶっ殺すからな」
「光先生は切れるとマジでやばいから、気をつけたまえ。もちろんあたしもだけど」
しかし沢渡は、まったくめげない。
「小宮山君は渚さんのファンだから、凄く嬉しそうですよ」
沢渡の言う通り、小宮山は至福の笑みを浮かべながら失神していた。
「うわっ、こいつきもっ!」
渚はその顔を見て、思わず後ずさった。
「光さん、僕にもお願いします。げほっ」
今度は光の前蹴りが鳩尾に決まったが、それでもこのストーカーは懲りないのだろう。
光と渚は、あまりのしつこさに、呆れ果てた。
「こいつらは、永遠に懲りねえな」
「いっそのこと、止め刺しとくか」
すると、悶絶していた沢渡と、失神していた小宮山が、同時にムクムクと起き上がってきたではないか。
「ゲッ。こいつらゾンビか」
「光、やばい。逃げんぞ」
そう言い合うや、ヒカナギはダッシュでその場から駆け去る。
その背中を、「光さあん」、「渚さあん」という、ストーカーコンビの声が追いかけて行った。
***
こうして警視庁、公安部、はたまた内閣府まで巻き込んだ大騒動は、無事(?)幕引きとなりました。
しかし、
このまま大人しく、平穏な人生を送るとは、とても思えません。
次に彼女たちを待ち受けるのは、いかなる事件か、乞うご期待。
了
ヒカナギ 六散人 @ROKUSANJIN
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