【14】
室内はかなり広かった。天井も高い。
純白の壁の前には、何やら神社の祭具のようなものが、ごてごてと並んでいた。
奥には大きな神棚があり、注連縄まで飾ってある。
洋館の内装としては、不釣り合いなこと甚だしい。
室内には神棚の前に立つ2人しかおらず、屋敷の用心棒や信者はもういないようだ。
2人のうち1人は、光のストーカー、
そしてもう1人は、沢渡の首に後ろから腕を回して、彼を押さえつけている、40代くらいの女だった。
女はかなりの大柄で、小柄な沢渡より、首1つ頭が抜き出るほどの長身だ。
それに加えて、沢渡を押さえつけている腕も、筋骨隆々としている。
光はその体格を見て、一瞬男子プロレスラーが女装しているのかと、錯覚しそうになる。
その女こそがこの邸の主、政権与党の大物政治家、
三千子は沢渡を盾にして、首筋に白鞘の
「ストーカー、お前、大丈夫か?」
光が2人に近づきながら声を掛けると、沢渡が情けない声で応えた。
「光さあああん。助けに来てくれたんですね」
すると背後の蘇我三千子が、ヒカナギコンビを睨みつけながら、大声で喚く。
「貴様ら、近寄るでないわ。この御神刀が目に入らぬか」
その言葉を聞いた渚が、すかさず言い返す。
「ああ、おばさん。そんな物騒な物仕舞って、さっさとそのチビッ子を開放しなさい」
「お、おばさん?何と無礼な。
三千子はあまりのことに、最後は絶句してしまった。
彼女の言葉に、光は不審げな表情を浮かべただけだったが、一方の渚はツボにハマってしまう。
「ぶははは。このおばさん、今自分のこと、姫とか言ってたよね。あり得ねえ。普通、自分のこと姫とか言うか」
渚は光の背中を叩きながら、大爆笑する。
その態度が、三千子を益々ヒートアップさせてしまった。
「き、貴様。下賤なあばずれの分際で、無礼なことを言うでないわ。我が蘇我氏は、
「ちょ、ちょっと待った。日本語で話してくれ。意味が全く分からん」
三千子が目を真ん丸に剥いて、滔々と語りだしたのを、堪らず光が遮った。
隣の渚は既に完全ツボモードに入り、お腹を抱えている。
「だーかーらー、あんたらみたいな庶民の分際で、私たち高貴な一族に失礼なこと言うなって言ってるの。分かった?」
三千子はこのままでは話が通じないと思ったのか、突然、普通の言葉で話し始めた。
「ちゃんと喋れんじゃん、おばさん。最初からそうしろよ」
「おばさん呼ばわりするなって言ってるでしょ。本当、失礼しちゃうわ」
三千子は、光の言葉にムキになって言い返したが、既にその時点でヒカナギのペースに嵌っていることに気づいていなかった。
「あんたに訊きたいんだけどさ。あんた、そのストーカー拉致して、何しようっての?
伊野のオッサンが中央アジアの利権がどうとか言ってたけど。
もしかして、そいつの親父脅迫して、その利権を独り占めしようとかしてるわけ?」
「違いますう。そんな下らないことじゃありません」
光に応える三千子の言葉遣いは、完全に普通モードになっていた。
「じゃあ何なの?大騒ぎして、そんなヘタレ攫う意味が分からないんだけど」
「ふん。どうせ、あんたらみたいな連中に言っても理解できないと思うけど、せっかくだから教えてあげるわ。
いい?由緒ある我が蘇我家と、大伴家の血筋を合わせることで、再びこの国をあるべき姿に戻すのよ。
源平藤橘なんて、ポット出の連中に好き放題させてきたから、この国がおかしくなったの。分かる?
それを本来の正しい姿に戻すためには、古来からこの国を中枢で支えてきた、私たち蘇我と大伴が手を携えて、愚民どもを支配して導いてあげなきゃならないの。
そのためには、是が非でもこの大伴の直系の子孫と私とが結ばれて」
堪らず光が三千子の長広舌に割って入った。
「ちょっと待った。また意味分からん言葉が、どんどん口から噴き出してるぞ。ストーカー。お前意味分かるんだったら、通訳してくれ」
光に指名された沢渡は、首に匕首を突き付けられたまま、おどおどした口調で通訳を始めた。
「端的に言うとですね。この国を大化の改新以前の支配体制に戻すことで、政治体制を改革したいと。
そのためには、蘇我氏の直系の子孫であるこの方と、大伴の子孫の僕が、そのですね。結婚して手を結ぶ必要があると仰っています」
「はあ?」
沢渡の通訳を聞いた光は、唖然としてしまった。
しかし三千子はまったく気にする風もなく、胸を張って主張する。
「私たちが一体となることで、世に隠れ住んでいる蘇我と大伴の一族・旧臣たちを糾合するのよ。
そうすれば今の腐った支配者どもを蹴落として、私たち本来のこの国の支配者が、その席に座るのよ。分かる?」
「そもそもあんたの前提、間違ってね?そいつの苗字、沢渡じゃん」
光と三千子のやえりとりに、横から渚が割り込んだが、沢渡が三千子に代わって答える。
「僕の母方の姓が大伴なんです」
それを聞いた光は、呆れ顔を三千子に向けた。
「つまりあんたが、こんだけの騒ぎを起こしたのは、そいつと結婚するためってこと?」
「そうよ。文句ある?」
「アホか、こいつ?」
「アホだ、こいつ」
光の問いと渚の答えが、またも見事にシンクロする。
「失礼な奴らね、まったく。どの道、あんたらのような庶民には関係のない話よ。
私たち高貴な一族が、ちゃんとこの国を元に戻してあげるから、おとなしく従っていればいいのよ」
三千子が放った高慢な言葉に、ついに光が切れた。
「誰があんたらに、そんなこと頼んだよ!
あたしらは、今のこの国が気に入ってんだよ。
そりゃあ、ムカつく政治家とかもいるけど、別にあんたらに支配されたいなんて、これっぽっちも思わんわ!」
光の剣幕にたじろぐ三千子に、渚が追い打ちをかけた。
「それにあんた。
そのチビッ子殺したら、大伴とかの子孫と、結婚できなくなるんじゃねえの?
その上あんたは、殺人罪で刑務所行きだ。
そうすっと、この国支配すんのも無理なんじゃね?」
「この子には弟がいるから、別にこの子じゃなくても代わりはいるのよ。
それにこの子を殺しても、信者に自首させて、警察黙らせるからいいの。
私のお父様の権力使えば、そんなの簡単なのよ。
そうだ。役立たずの、あのラーメン屋の娘を自首させようかしら」
その言葉に、光が完全にぶち切れた。
「はあ?勝手なこと言ってんじゃねえぞ、てめえ。
他人の命や生活を、何だと思ってやがる」
そして電光石火の足運びで、一気に間合いを詰めた光の木刀が、三千子が持った匕首を跳ね上げた。
「ぎゃっ」
「ぴゃっ」
それと同時に、三千子と沢渡が、妙な声を上げて床に倒れ込む。
不審に思った光が振り返ると、渚がテーザーガンを構えていた。
どうやら沢渡ごと、電撃の餌食にしたようだ。
それに気づいた光が、呆れ顔で言った。
「あんたね、人質ごと撃つか?普通。こいつら死んでんじゃねえか?」
「2人とも、ピクピク動いてるから、大丈夫そうだ。
それより、おばさんの髪の毛、凄いことになってんぞ」
そう言われて見てみると、三千子の頭髪は、すべて逆立って、アニメのキャラクターのようになっていた。
「おお、マジすげえな。髪の毛って、本当にこんなになるんだ」
そう言って光が感心した時、大勢が部屋に踏み込んできた。
「動くな」
2人が振り向くと、遅ればせながら、公安の刑事たちが踏み込んできたようだ。
光と渚は、刑事たちに向かって、不敵な笑みを浮かべた。
「もう全部終わったよ」
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