第5話 遭遇

 カッカと熱くなった顔を冷ましながら外でシモを待っていると、彼は暖簾の奥から屈強な男に抱えられて現れた。長く湯につかりすぎてのぼせてしまったという。


 「だっだだだだだ大丈夫ですか!?」

 「おう、水は飲ませたし問題はねぇよ。でも歩き方がフラフラ危なっかしいから一応な」

 「ははは」

 「はははじゃないですよ!」


 地面に降ろされ杖も受け取ったシモであったが、その様子は生まれたての小鹿よりも不安定だった。


 「ところでアンタ、さっき大声出した子か?」

 「えっあっは、はい、その節はすみませんでした……」

 「いやなに謝ることねぇさ。俺らも騒ぎすぎて悪かったな。大事な連れにあんなこと言われちゃあ怒っちまうのも仕方ねえよ。それに……」

 「それに?」


 男はよろめき壁にもたれかかっているシモを一瞥した後


 「……アンタの声がした時、一瞬だけあの坊主からこう、なんつーかなぁ、殺気みたいなもん感じてよ」

 「殺気ですか」

 「もしかしたら本当にタダもんじゃねぇのかもしれねぇなって思ってな」

 「そう、ですか」


 シモは元とはいえ勇者だ。今も身体は衰えたと語ってはいるが狼の群れを簡単に壊滅させられる力は持っている。

 

それをわざわざ口には出さず、気迫だけで周囲に伝えたというのだろうか。


 「まぁゆっくりしていけよ。ここは飯も上手いし魔物も滅多に寄ってこねぇからさ」

 「ありがとうございます! ……シモ、歩けますか?」

 「いけるいけるダイジョーブ」

 「本当ですか……」


 私はまだ歩き方の安定しないシモを支えながら、せっかくならと食事処を探すことにした。


 久しぶりの王国外だ、日も暮れかけているしせっかくなら旅館に泊まってこの土地の豪華な晩御飯なんかを堪能したいものだ。


 「チコル、僕今日野宿したいな」


  何を言っているんだろうこの人は。


 「シモ……? 久しぶりの外で、ここは観光地ですよね?」

 「うんそうだね」 

 「なのにどうして野宿なんか……」

 「久しぶりの外だからかな!」


 ふらつきながら元気に答えるシモ。本当に何を言っているんだ。


 「美味しいご飯とか食べて、そのあとは広いお部屋でゆっくり休みましょうよ!」

 「僕は野宿が一番リラックスできるんだよ。案外気持ちいいよ、キミにも体験してほしいな」


 シモは私と視線が交差するようにわざと腰をかがめてこちらを見つめている。


 時にはその美貌を使い、目の前に立ちはだかる壁を乗り越えて見せたと噂されているその顔には私も屈せざるを得なかった。


 「……っわかりました。でもご飯はちゃんとしたところで食べたいです」

 「もちろんいいよ! 何がいいかな、魚とか美味しいかな」


 私のむくれっ面もお構いなしにシモはルンルンで歩き始めた。


 結局現地の人にも愛されているという古き良き食堂で焼き魚の定食を食べ、街を出て少し進んだ先にある開けた草原で野宿をすることにした。


 「ちょっと寒いかな」

 「当り前じゃないですか、まだ春になってすぐですよ」


 すでに地面に大の字になっているシモは、薪用の枝集めをしている私が目に入ったのか「手伝おうか」と形だけ伝えてくる。


 「ゆっくりしていてください」


 私の言葉にまた平べったくなったシモ。グラデーションがかった空を愛おし気に見つめている。その傍らに薪を置き、魔法で火を焚けばシモが目を丸くしていた。


 「無詠唱?」

 「え? ああ、そうですね」

 「やっぱりチコルはすごいな」


 そよ風に揺られる煙を目で追いかけ、シモも私も何も発さなかった。

 次第に空は暗くなっていき、星が顔を出し始めた。


 「新月だ」


 シモの声にハッと我に返る。シモは隣におらず、数歩先で何かを観察していた。


 「狼――いや、人狼ですね」


 急いで駆け寄ると十メートルほどの距離を開けてこちらを睨みつけている眼光を見つけた。

 森で遭遇した狼と比べ桁外れに良い体格をしており、全長は三メートルをゆうに超えている。


 ここ一帯は魔物が少ないと言われていたはずなのに。しかも人狼なんてこの辺りじゃ滅多に見かけないというのに。


 「私が出ます」

 「いや、いい。相変わらず怖いな」


 「相変わらず」という彼の言葉に引っかかっていると、人狼が勢いよく地面を蹴りこちらへ向かってきた。


 「下がって!」


 シモは私の声掛けに合わせ、前に出た。


 「……は?」


 シモは杖を投げ捨て千鳥足で人狼へと向かっていく。いくらシモが強くても素手でどうこうできるものか、狼とは似て非なる生き物だ。


 「はッ!」


 私はボッと炎の魔法弾を数発炸裂した。一つの球から枝分かれした火球を避けることは容易くないはずだ。


 「!?」


 しかし、人狼は私の放った魔法弾を右へ左へするりと躱してしまう。


 おかしい、俊敏性があまりにも高すぎる。このままだとシモに……


 人狼は猛進を止めず、人型へと戻りながらシモの無防備な腕の中へと飛び込んだ。


 「おいでシェバンニ!」

 「会いたかったよシモー!!!」


――――――

今後は水曜日の18時更新となります。

稀に月曜日にも更新される可能性があるため、たまに確認してくださると幸いです。

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同行人チコル さいとう文也 @fumiya3110

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