第4話 力

第二章 人狼シェバンニ



 「……なんか、心配して損をした気分です」

 「え? なんで?」


 シモによって倒された魔物が足元で魔力へと還元されている最中。私は彼が勇者だった事実を再確認していた。


 シモの容態についての話をした後私たちは森へ入り、そこで何度言っても先頭を歩こうとする彼を説得するのに悪戦苦闘していた。


 そこに狼の群れが襲いかかってきたのだが、シモが杖を振り回して撃退してしまった。


 一瞬の出来事だった。


 私が杖を構えるよりも先に狼のボス個体を見抜き飛びかかった。そして急所を一突き。ボスが倒れたことで統率の取れなくなった群れを捌くのはまた早かった。


 いくら駆け出しの冒険者でも倒せるような魔物しか出現しないとはいえ群れを秒殺。それでも満足行かない様子のシモに軽く人外じみた恐ろしさを覚える。


 「怪我はされていませんか」

 「この程度じゃしないさ」


 額に浮いた汗を拭いながらシモは答える。どうやら満足行かないのは敵の手応えのなさではなく、自身の身体の訛り具合のようだ。


 「はは、これくらいで汗かいてちゃ先が思いやられるね」


 シモは私の方を向かず溌剌とした声で言った。

 彼の仲間はこんな時なんて声をかけるのだろうか。

 私にはまだ、彼への接し方がよく分からなかった。


 「見てよチコル。キミの目に似て綺麗な花だ」


 シモが杖を突きながら歩んだ先には小さな花が一輪咲いていた。

 しかし、いや、言うべきだろうか。


 「どうしたの」


 私は意を決してシモに言い放った。


 「美しい琥珀色の花ではありますが、これは毒草です」


 シモは花と私を交互に見やる。一体何を考えているのだろう。


 「そっか、美しいだけじゃなく自分を守る強さも秘めているのか」


 突然のシモの一言に、なんて恥ずかしい人だと内心顔を覆った。


 私と花を似ていると言ったうえで出した言葉なのだとしたら、どういうつもりなのだろうか。


 毒は自身を守るために作られた成分であるし、使いようによっては薬にもなるとても役立つものだ。それをわざわざ強さと表現し直したあたり、やはり私のことを……


 いやいや、これはあくまで花の話だと自分を落ち着かせる。


 「チコル?」

 「何でもありません行きましょう。先頭は私です」


 シモの数歩先をあるき始めたところで、背後からした「乙女心は難しいな」との言葉を私は聞き逃さなかった。



* * *



 「ふあぁぁああ……」


 まず向かったのは森を抜けた先にある小さな温泉街『ワンアン』だった。王国付近の観光地の一つであり、腰痛やら何やらに効く温泉がいくつもある。


 シモは魔王討伐時代、急を要していたためワンアンを通り過ぎてしまったらしい。町に立ち入った瞬間から「ずっと行きたかったんだよね!」と何度も言っていた。

 勇者という役職を与えられただけで、シモも普通の感性を持った普通の人なんだなぁ。

 今は数ある温泉の一つに浸かり小休憩を取っているところなのだが……


 「兄ちゃんエラい勇者に似てるなぁ!」

 「ホントだ、でも勇者様がこんなにヒョロガリな訳ねぇだろ」

 「ちげぇねえ!」


 隣接した男湯から聞こえる会話に心だけが休まらない状態だった。


 シモはおそらく現在の自分の身体にコンプレックスを抱えている。それを見ず知らずの他人に指摘されながら、図らずとも過去の自分と比較されてはたまったものじゃないだろう。


 「兄ちゃんどっから来たんだい」

 「……から……で、……と」


 シモの声はシャワーの音にかき消されて聞き取れない。壁際に寄れば聞き取れるだろうか。


 「冗談キツイぜ! 女とアンタ二人であの森抜けてきたって?」

 「その身体じゃ出来っこねぇだろ! ガハハハ!」


 湧き上がる複数の笑い声。それでもシモは何か話しているようだったが、それもまた軽くあしらわれてしまっていた。

 私は我慢できず、周りに他のお客さんがいるにも関わらず


 「彼はとても強いです!」


 と壁に向かって大声で叫んでしまった。


 途端に聞こえなくなる笑い声。後ろにいる人のくすくす笑いはともかく、壁の向こう側からも視線が集まっている気がして顔が熱くなる。


 「僕は強いから安心してね!」


 とシモのハキハキした声が飛んできた瞬間、私はあまりの恥ずかしさに温泉を飛び出たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る