第3話 仲間

 格式ばった挨拶も終わり、ついに私とシモは王国の外へ出る支度が整った。


 ソロン様に店の経営方法を教えるのはとても緊張したが、聡明なソロン様はすぐに手順を覚えてくださった。


 側を通り過ぎる市民の方々は皆目を丸くしていたが、その反応がいつなくなり馴染むのかが少し気になるところだ。


 また、国王からは餞別にと新しい魔法の杖を頂いた。


 柔らかい材質の木が本体となっており、杖頭には希少種のケット・シーの宝石があしらわれている。杖は自分の背丈ほどあるが見た目よりも軽く、咄嗟に構えることも容易だろう。


 「僕のコレもチコルの杖くらいかっこよければなあ」


 なんてシモが言った時にはなんて返せばいいのか分からなかったため、とりあえず杖の先で彼の横腹を小突いた。


 「久しぶりの外出だ、ワクワクするね」

 「はい。でも何故陸路なんですか? 魔王軍が壊滅してからは空路が一番安全ですし、目的地まで早いのに……」


 今私たちは国境沿いまで馬車に乗って移動している。石畳の隙間に車輪が挟まるたびに揺れ、お尻が悲鳴を上げるもシモは平気そうだった。

 シモはゴソゴソと姿勢を変えてばかりの私を見て楽し気に

 

 「苦労しない旅なんてつまらないじゃないか」


 と言った。人が苦しんでいるというのに笑うなんてヒドい人だ。


 「お二人さん、そろそろ国境出ますぜぇ」

 「ありがとうテデロ!」


 シモと親しげに話す馬車の走行主はテデロといい、シモが魔王討伐に向かった際にもお世話になったのだという。


 「くれぐれもケガだけはすんなよな。ピンク髪のお嬢ちゃん、シモの見張り頼んだぞ」

 「僕もう子供じゃないんだから……」


 テデロが豪快に笑うとばつが悪そうな顔でごにょごにょ文句を言うシモ。私が「任せてください」と言えば、テデロはまた大きな声で笑った。



* * *



 「達者でな!」


 テデロの姿が見えなくなるまで手を振った後、私たちは森の入り口付近で地図を開いた。


  「今いるのがスターロワ王国の国境から少し出たところで、この先の森が俗にいう迷いの森、通称『乙女心の森』です」

 「『乙女心』?」

 「森内の魔力が不安定で植生の移り変わりが激しいから『乙女心』なんて私たち魔導士の間では呼ばれているんです」

 「へえ~知らなかった。じゃあ前通った時とは違う景色かもしれないんだ」

 「そういうことです」


 シモはふんふんと大げさに頷きながら、勝手に森の中へ入ろうとする。すぐさま彼の肩を掴んで単独で動かないよう説得するも納得いかない様子だった。


 「僕一応勇者だったんだよ」

 「怪我人? 一人では魔物が出る森へ行かせられません!」


 私がシモの杖を指して言うと、シモは「ああ」と放った後


 「ケガじゃないんだよね」


 と自身の足を叩いてみせた。


「ならどうして杖なんか」


 言ってから後悔した。シモの顔が私の一言によって陰った。


 「多分、病気なんだ」


 私は察した。この旅は何か強大なものを討ち取るための旅ではない。先が短いのであろう彼の願いをかなえるためだけの旅だということを。


 「ごめんなさい私、配慮がなくて……」

 「いいんだ、あらかじめ伝えていなかった僕に問題があるから」


 私が何も言えないでいると、シモは杖を突くようになったいきさつをぽつぽつと話し始めた。


 「魔物由来の病気ってよくあるでしょ、でも今は大体に特効薬ができてる。僕もそれにかかっちゃったんだ」

 「……特効薬がないものに?」

 「うん、由来が魔王だから。討伐間際に一撃だけ攻撃を喰らっちゃって、そこから罹患したみたいでね。ポーションも何も効かない。」


 私自身数多くの病気やケガを治す薬を生成してきたが、竜族の病気はお目にかかったことはないにしろ、ましてや魔王の病気などいまだ扱ったことがない。


 「多分呪いに近いんじゃないかな。ソロン様に診てもらった時に『私には手に負えない』ってだけ言われたんだよね」


 なら尚更私が同行人にふさわしい理由が見当たらない。同じ世界を見せてあげたいなんて人生をあきらめたような願いのために私が呼ばれたのだとしたら。


 「チコル、誤解しちゃいけないよ。僕は死ぬことを前提にこの旅を決めたわけじゃない。いつかキミと旅をするために、また仲間に会うために旅することを決めたんだ」


 シモの言葉は真っすぐだった。身体は全盛期と比べたら筋肉が落ち細くなってはいるものの、その勇者としての広い心の器は変わっていなかった。

 不思議な感覚だ。不安ばかり抱えていたはずが、シモの一言で心が楽になる。


 「僕は最期まで抗うさ」

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