第2話 杖
「勇者、様」
「シモでいいよ。僕もこれからキミのことチコルって呼ぶつもりだから」
「では、そう呼ばせていただきます!」
「カタいなぁ」
力無く溶けるように微笑む勇者・シモの姿に私は切なさを覚えた。
世界を支配出来るほど強大な力を持っていた魔王に立ち向かえた、たった一人の英雄がこんなにも弱々しい姿をしているのか。
数年前まで力強い筆跡で文を交わしていた彼は本当にこの人なのだろうかと疑念が生じる。
「チコルってそんな見た目だったんだね」
「想像ではどんな姿だったんですか?」
「文章が簡素で綺麗だったから、もっと年上の人だと思ってた。あと勝手にショートカットかなって」
「あはは、真逆ですね! 勇、シモも……」
「驚いたよね。今の僕、銅像と全く違うでしょ」
シモはおどけた様子で杖を掲げ、銅像と同じポーズを取ってみせる。だが数秒でよろけて危なっかしげに元の姿勢へと戻った。彼が杖に身体を預ける度に、杖からはカラカラと音がした。
「杖……使い初めて長いんですか」
「うん。魔王討伐記念の祭典があるでしょう、その二年目には使ってたかな」
祭典は今年で六年目を迎える。帰国後からの二年間に一体何があったのだろう。シモのアッシュグレーの瞳がやけに遠くを見ている気がして、問いただすことを憚られてしまう。
「いつもポーション作って届けてくれてありがとう。本当に助かってたんだ、僕結構向こう見ずな戦い方して怪我ばっかりしてたから」
気まずい沈黙を打ち消すようなシモの言葉に、私はいつの間にか俯いてしまっていたことに気付いた。ハッと顔を上げればシモが笑っている。
「そのことなんですが、私からもお礼が言いたくて! 勇者御用達のお墨付きが貰えてからお店が一気に栄えました、ありがとうございます」
深々と一礼をすればシモは体をそらせて驚いた素振りを見せる。
「ええ、僕ってそんなに凄いの?」
「そうですよ! サラマンダーに触れてヤケドする人だとは皆思っていないと思います」
「うわっそれ絶対誰にも言わないでくれるかな、仲間にもバレないように頑張ったんだよ!」
バランスを崩し転倒しかけるまでに動揺したシモと目線が合い、私は思わず吹き出した。ここまで間抜けな顔をする勇者を見たことがある人はどれほどいるのだろうか。きっと旅をともにしてきた仲間たちでさえ数少ない経験だろう。
シモは笑う私を見ながら頬をかいている。その表情はとても穏やかだった。
「折角なら座って話そう」
シモの提案で、しばらくは昔手紙のやり取りをしていた内容で盛り上がっていたが、不意に本題を思い出しシモに尋ねた。
「何で旅をするんですか? どうして私が同行人なんでしょうか?」
シモは少し間を開け、静かに答えた。
「キミには僕の回復役を頼みたいんだ。薬ではなくて、直接魔法で。旅の理由は……僕にも分からない」
「回復役はいいんですが、理由が分からないって? 王様からの命令ということですか?」
「そういう訳じゃないなぁ」
「なら一体」
「分からない」
なんて曖昧な返事しかしないんだこの人は。
それからも角度を変えて同じようなことを何度か聞いてみたが「楽しい旅にはなるんじゃないかな」「なんだろうね」とかわされるばかり。
私が頭を抱えていると、不意にシモが立ち上がった。
「そろそろ時間だ」
「時間って?」
「国王に出立の挨拶をしに行くんだ。チコルも一緒にね」
まさか今すぐ旅立つつもりなのか。話だけで終わると思っていたため最低限の荷物しか持っていない。そして、店をどうすれば良いのかという話さえできていないのに。
「あの、私お店をやっているからすぐには出られないというか」
「大丈夫。王宮魔術師のソロン様が代役を務めてくださるらしいから」
私は寝不足もあってかシモの一言に卒倒しかける。
魔術師ソロンと言えば、この城から城下町すべてを覆う魔法壁を一人で稼働させている影の実力者だ。そんな英雄に私の店を任せてしまうなど許されるのか。
「さ、ささ流石にソロン様に店番をさせるなど不敬の極みでは……!」
「結構乗り気だったよ? 『幼子の職業体験を今改めて体験するようだ』ってニコニコしてたし」
ならいいか、じゃなくて。
帰ってきて店がありえないくらいに繁盛していたらどうしよう。もはやソロン様の店になってしまうのでは。
というか……
「ソロン様に同行人としての依頼をすればよかったのでは!」
「いやぁ、あの人王国内にいないとダメでしょ? いろんな魔法使っているし」
確かにそうだ。ソロン様が国の外に出てしまっては魔法壁が消えてしまうし、他にも何かしらの魔法を展開させているのだとしたら、それらもまとめて消え去ってしまう。
「それに、僕はチコルと旅をしてみたいから頼んだんだ」
「……え」
「魔王を倒すための旅を支えてくれたでしょう。でも隣にはいなかった。僕はキミと同じ景色を見て、同じ体験をして、一緒に笑いたいんだ。」
手紙だけじゃ僕の見たものは伝えきれなかったし、と花が開いたようなさわやかな笑顔を見せるシモ。白く血色の悪い肌も今だけは頬に赤みがさしている。
彼の笑顔に目を奪われていると頭上で鐘が鳴った。
「さあ行こう」
「……はい」
これからの旅が楽しみで仕方ないというシモの声の弾みように、私の心も少しばかり早く脈打った。
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