同行人チコル

さいとう文也

第1話 手紙

 私はチコル。城下町で小さな魔法具店を営んでいるただの魔道士だ。

 それが何故こんなことになってしまったのだろうか。

 朝イチに突如として城へ呼び出され、王の目下にて渡された手紙にはあり得ないことが書かれていた。


 「私にこんな大役が務まるとは思えませんが……!?」


 大理石の床に声が反響し、呟きまでもが部屋中に行き渡る。


 「何百といる魔道士の中から勇者がお前を選んだのだ、チコルよ」


 立派なひげを蓄えた王は厳かに告げるが、私の手は事の重大さに震えていた。


 「それでも、勇者の旅に同行せよなんていきなり過ぎます!」



第一章 同行人チコル

 


 どうしよう。

 城から歩いて五分ほどにある店がやけに遠く感じる。普段よりも安く売られている薬草や魔法石にも今日は興味をまるで惹かれない。


 聞きたいことは山ほどあったが、何を訪ねても詳細はまた明日との一つ返事ばかりで城から放り出されてしまった。


 あまりにも急な事態に困惑しているのは間違いない。なにせ店を構えてからは王国の外へ一歩も出たことがないのだから。もし旅に出るとして、長期不在となる店はどうすれば良いのか。不安要素がまるで尽きない。


 しかし、その裏では勇者の旅に同行できることに喜びを覚えている自分もいた。


 実は勇者との面識はないが、文通を交わしていたことはあるのだ。詳しく言えば『魔法薬の生成を頼まれ販売していた』なのだが。


 数年前までは復活した魔王が各地の魔物を束ね、人間や従わない他種族に対して悪行の限りを尽くしていた。そんな魔王を討伐したのが今回旅の同行を依頼してきた勇者、シモ・ハスラーだ。


 手紙をやり取りしていたことから人柄や文字のクセなどは何となく知っている。彼は追伸が長く、いくら厳しい状況にいても欠かさず近況報告を書いてくれていた。湿布を買うのはスライムを踏んで腰を打ったからだの、サラマンダーを素手で触ってしまいヤケドしただのと何かしら笑わせてくる愉快な人だ。


 加えて街中には彼を象った大きな銅像がある。多少美化されていたとしてもその穏やかな表情に、剣先を天へと掲げる凛々しい姿勢は本人がしっかりと持ちうるものなのだろうと推測できた。


 そんな勇者様が私を推薦とはどういう事態なのだろうか。まるで想像がつかない。旅の理由もまた不明瞭だ。だって既に魔王はいないのだから、再び国を出る理由がない。


 ……今日は考えるだけ無駄だろう。明日が来るまで悶々としたまま過ごすしかない。


 ようやく辿りついた店のドアを開け、私は一つ大きく深呼吸をした。


 ドアにかかったプレートを『OPEN』に変えた途端、お客さんはひっきりなしにやって来る。頼まれたものをその場で調合したり、怪我を訴えるお客さんにヒールを施したりと、時間はあっという間に過ぎていった。


 「いつもありがとうね」

 「いえいえ、またいつでも来てください」


 最後のお客さんがドアを閉めた瞬間、どっと疲れが押し寄せ近くの椅子に座り込んだ。こんなにも疲労を感じたのは開店当初以来で、改めて今日を振り返っては片側の口角が上へ引きつる。


 「明日に何が待ってるんだろ……」


 魔法で『CLOSE』表記にひっくり返された反動でユラユラ揺れているプレートをぼんやり眺めることしかできない。


 穏やかに来訪する夜が次第に身体を飲み込んでいった。



* * *



 爽やかな朝の青空とは裏腹に、私は憂鬱を全面に押し出したような表情を浮かべていた。仕事が終わり落ち着いた後、再度考え事が始まってしまい昨晩は一睡もできなかったのだ。


 城に入れば昨日と同じように衛兵二人に挟まれながら城内を案内される。


 だが今日は差し込む光がなんとも心地よい庭園へと案内された。


 「勇者様がお待ちです」


 勇者様がお待ちです?


 「ちょっと待って……!」


 衛兵は一礼するとそのまま背を向け歩き出してしまい、こちらの質問に答える隙など一切見せなかった。


 しばらく庭園の入口で立ち尽くしていたが、それこそ勇者を待たせてしまう行為だと気付き、私は早足で広すぎる庭を進んでいった。


 多種多様な植物に人口的に作られたであろう川。庭の中腹部に向かうに連れ目まぐるしく変わる景観には思わず目を奪われ足が止まりかけることもあった。その都度「勇者様が待っているんだから」と頭を振って足を前へと進める。


 すると目の前に開けたスペースとベンチが現れ、誰かがそこに腰掛けているのが見えた。


 きっと勇者だ。


 太陽に反射して銀色に靡き輝く髪。石像よりも少し長くなっている。市民と変わらない質素な服の上からはショールを羽織っており、その傍らには――杖があった。


 「え?」


 私の声に反応してか、目の前の『勇者』は静かに立ち上がる。そして古ぼけたせいでカラカラと不規則に音のなる杖を突きながら、立ち尽くす私の前へとやって来た。


 「初めましてチコル。僕がかつての勇者、シモ・ハスラーだよ」


――――――

初めまして、さいとう文也です。初投稿作品となります。

五話まで書き溜めがあるため、それまで毎日18時更新です。

それ以降は一週間に一度の更新となります。

気長にお付き合いいただけると幸いです、よろしくお願いします!

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