花、咲かせて(6/8)
惣山沙樹
トリあえず
前話
https://kakuyomu.jp/works/16818093073659029485/episodes/16818093073659047564
就職してからは慌ただしい日々が続いた。
ファミレスでのバイト経験はあったけれど、事務は初めて。周りの社員さんの名前もまだそんなに覚えていないのに、電話の取次ぎもしなきゃいけないし、一日が終わるとぐったり。
でも、桐久が温かい夕飯を準備してくれていたから、そんな疲れも吹っ飛んだ。
そして、桐久も就活だ。経験者として色々とアドバイスをした。
「面接は慣れだからねぇ……。ちょっとでもいいなって思ったところは練習だと思って受けてみるといいよ」
「だよね。気になってるところがベンチャーでさ。今度どうなるかわかんないんだけど、梓、やっぱりそういうとこ不安?」
「ううん。あたしは桐久のやりたいことを応援するよ」
そして、桐久の内定が出たのは七月だった。
「梓っ! 規模は小さいんだけどさ、ここから通えるところに決まった!」
「おめでとう! お祝いしよっか!」
あたしは仕事でバタバタしていたし、桐久も予定が詰まっていたしで、最近お出かけというものをしていなかった。なので提案した。
「桐久、どこか行きたいところある?」
「えっと……子供っぽいかもしれないけど」
「いいよ。どこどこ?」
「動物園、行きたいなぁって……」
桐久によると、室内がメインの動物園があるらしい。夏でも快適に回れるとのこと。さっそくあたしと桐久は、ソファに座って肩を並べながら、動物園のサイトを一つのスマホで二人で見た。
「オレ、ハシビロコウ見たい」
「あっ、動かない鳥?」
「そうそう。顔がいかつくてカッコいいんだよね」
当日はカラっとしたいい天気。順路に沿って、動物たちを見て行った。桐久がそっと手を握ってきた。最初は緊張してしまった男の子の手の感覚だけど、今ではすっかり安心するものに変わっていて。大好きな人と、楽しい場所で、こんな風にあるける今を大切にしようと思った。
「桐久、この次じゃないかな、ハシビロコウ」
「おおっ、楽しみ!」
ぐいっと手を引かれ、ハシビロコウがいつもいるという止まり木のところに行ってみたのだが。
「ボンゴくんは体調不良のためお休みです」
そういう看板が立っていた。
「そっかぁ……」
「仕方ないね、梓」
園内でカレーを食べて、カワウソやカピバラを見て。どうぶつくじがあって、ハシビロコウのぬいぐるみが必ず当たるというので、あたしたちは挑戦した。
「えっと……四等だって、桐久」
「ははっ、一番小さいやつだ」
「でも可愛い」
それから、帰るのかと思いきや、桐久が引き留めてきた。
「あのさ……夕飯、予約してるんだけど」
「あっ、そうなの?」
カフェで時間を潰してから、連れていかれたのは、フレンチのお店だった。けっこうお高そうだけど大丈夫かな。そんな不安が顔に出ていたのか、桐久に笑われた。
「もう、そんなに気を張らないでよ。お料理楽しもう?」
「う、うん……」
色鮮やかな前菜に、パンとまろやかなスープ、上品な味付けの白身魚。こういう時、育ちが出るんだよねぇ……。桐久は美しくフォークとナイフを使うので感心してしまった。デザートはアイスクリームと果物のコンポート。飲み物はもちろん二人ともコーヒーを選んだ。
「それにしても、残念だったね桐久。ハシビロコウ」
「そうだね。けど……また行こうよ。オレ、この先ずっと、梓としかデートする気ないから」
「ふふっ、桐久ってば」
「それでさ……今度は、家族増やして行くのはどう?」
「えっ……」
桐久は、カバンから小さな箱を取り出した。
「就職決まったら伝えるってずっと決めてた。オレが卒業したら、結婚しよう、梓」
あたしは震える手で箱を受け取った。中には、一粒のダイヤがきらめく指輪が入っていた。
「本当に……本当にいいの? 夢じゃないよね?」
「本当だよ。ほら、はめてあげる」
「う、うん……」
指輪はあたしの左手の薬指にすんなりはまった。
「梓が寝てるときに、こっそりはからせてもらっちゃった」
「もう……」
いつかは……とは思っていた。そっか。今日がその時だったんだ。
「ありがとう、桐久。これからも、よろしくね」
「……うん!」
帰宅してからは、ベッドの中で一晩中、「これからのこと」を語った。手続きや式やドレスのこと。子供について。桐久は、どこまでもあたしの夢を叶えてくれると言ってくれた。
次話
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花、咲かせて(6/8) 惣山沙樹 @saki-souyama
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