花、咲かせて(5/8)

惣山沙樹

はなさないで

前話

https://kakuyomu.jp/works/16818093073540242145/episodes/16818093073540271030




 大学三年生の後期。否が応でも卒業を意識させられた。卒論をしながら、就活を進めて。少しでも条件のいい会社に就職したい。

 親元にはもう帰らないと決めていたから、受けるならこちらの企業。あたしは情報収集を始めた。できることなら……このまま桐久くんと住めるようにしたい。そこまで考えていることに気付いて、ようやくあたしも決心がついた。


「桐久くん。今日の夕飯は外にご飯食べに行こうか」

「あっ、いいですね。どこにします?」

「もう決めてるんだ」


 選んだのは、個室の鉄板焼。目の前でシェフが焼いてくれる。それなりの値段はするけれど、桐久くんにはお腹いっぱい食べてほしくて、肉が多めのコースを選んだ。


「わぁっ……オレ、こういう所に来るの初めてです」

「ふふっ、私も。まずはお料理を楽しもうか」


 シェフの手際の良さに見惚れながら、出された前菜や海鮮、肉に次々と箸をつけていった。最後のデザートが来た時はもう満腹だ。でも、甘いものは別腹。爽やかな柚子のシャーベットを味わった。二人ともそれを食べ終わる頃、あたしは切り出した。


「ねえ、桐久くん。ずいぶん待たせてごめんね。この前の、返事なんだけどさ」

「……はい」

「あたしも桐久くんのことが好き。家族になりたいの。結婚を前提にお付き合いしてくれるかな?」


 桐久くんは、パチパチとまばたきをした。


「本当に……オレでいいんですか?」

「もちろん。最近ね、考えてたんだ。就職しても、その先も、ずっと桐久くんと暮らしたいなぁって」

「オレも……オレもです!」


 店を出てからは、手を繋いで歩いた。夜の街路樹は、葉がなくて寂しかったけれど、あたしの心は満ち足りていた。


「梓さん……寄り道しません?」

「うん、いいよ」


 あたしたちは、森林公園のベンチに腰掛けた。もちろん遊んでいる子供なんていない。止まったままのブランコをあたしは眺めた。


「なんか、夢みたいです。梓さんが本当に彼女になってくれるなんて」

「そうだ。さん付けも敬語もやめよっか? あたし、対等な関係でいたいんだ」

「じゃあ、えっと……梓」

「ふふっ、桐久」

「これから……よろしく」


 桐久は、あたしの肩に腕を回してきた。ぐっと距離が縮まり、互いの鼓動の音まで聞こえてきそうだ。


「梓。オレ、絶対に離さないから」

「うん。離さないで」


 そして、あたしたちはこっそりと、軽く触れるだけのキスをした。


 本当に挙式をするまで、そういうことはやめておこうか、ということで、あたしたちのじゃれ合いは可愛らしいものだった。

 桐久の骨ばった男の子らしい手があたしは大好きになった。とっくにささくれなんて治ったけれど、桐久はあたしにハンドクリームを塗るようせがんできて、それが毎晩の楽しみになった。

 あたしは必死で就活をした。全国転勤があるところはパス。産休育休もきちんと取れる、それなりの規模のところにしないと。

 慣れないリクルートスーツを着て、説明会に足を運び、エントリーシートを書いて。桐久は、そんなあたしを応援してくれた。


「梓、明日本命だよね。トンカツ揚げるよ」

「うん、よろしく!」


 料理なら、とっくに追い越された。カラッと揚がったトンカツを食べながら、あたしはつい愚痴をこぼした。


「なんかさぁ、自己分析ばっかりやってると、自分に何の価値もないように思えてきちゃうんだよね……あたしなんて、社会の役に立つのかなぁ……」

「大丈夫だよ、梓。オレさ、梓と初めて会った時のこと、よく覚えてるよ。梓の笑顔は柔らかくて、心がほぐされるような気がして。これならここのバイトもやっていけるって思ったんだ」


 そっか……笑顔か。あまり自分では意識したことなかったな。あたしは桐久の言葉を胸に、面接に挑んだ。

 そして。


「桐久! 内定の連絡きたよ!」

「おめでとう、梓!」


 あたしは第一希望だった医療機器メーカーの事務に受かった。女性社員が多く、結婚や出産後も働いている社員が大勢いらっしゃるのだとか。


「良かったぁ、ここから通えるし、桐久とも離れずに済むよ!」

「今度はオレの番だね。オレも就活頑張るから!」


 その夜はホールケーキを買ってきてパーティーだ。調子に乗ってシャンパンも用意した。


「本当におめでとう、梓」

「桐久のために頑張ったよ」

「なんか、歯がゆいな……こういう時に年下だと。早く梓を引っ張りたいのに」

「桐久は背伸びしなくていいの。今のままで可愛いしカッコいいよ」

「梓……褒めすぎ」


 その夜、初めてあたしたちは同じベッドで眠った。やらしーことはしなかったけど。




次話

https://kakuyomu.jp/works/16818093073929302452/episodes/16818093073929334413

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花、咲かせて(5/8) 惣山沙樹 @saki-souyama

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