花、咲かせて(4/8)
惣山沙樹
ささくれ
前話
https://kakuyomu.jp/works/16818093073307118028/episodes/16818093073307167134
告白はされたけれど、桐久くんは焦っていないようだった。普段通り生活をしていたし、あれ以来身体に触れられることもなかった。あたしはもつれていた糸をほどくように、ゆっくりと「これからのこと」を考えていた。
桐久くんの料理の腕はどんどん上達して、ついに念願だった卵焼きを一人で作ることができるようになった。
「梓さん、その、お味はどうですか?」
味付けはあたしが教えた通り。形も綺麗。舌触りもなめらかだ。
「……すっごく美味しい。よく頑張ったね、桐久くん」
「やったぁ!」
皿洗いやお風呂掃除も桐久くんは率先してやってくれるようになった。二人で使っているのだから、悪い気はしたけど、あたしはそれに甘えることにした。唯一あたしの分担になったのが、毎晩のコーヒー作りで、できたてを持って桐久くんの部屋に訪れ、軽く話をするのが楽しみとなっていた。
「桐久くん、入っていい?」
「どうぞ!」
桐久くんは椅子に座って本を読んでいた。タイトルから察するに、講義の資料だろう。
「はい。今日はマンデリンにしてみたよ」
「あっ、オレ好きです。酸味が少ないですよね」
本を閉じた桐久くんの指を見てみると、真っ赤になっていることに気付いた。
「桐久くん、指……」
「ああ、ささくれできちゃって。ついいじっちゃうんですよね」
あたしはバッと桐久くんの手を掴んだ。
「ダメだよ、もう! ちょっと待ってて」
自分の部屋に戻り、メイクボックスからハンドクリームを取り出した。香料が強いやつで、ケガ用ではないのだけど、保湿にはなるだろう。
「梓さん……」
「はい、塗るよ」
たっぷりハンドクリームを出して、桐久くんの指先に塗りつけていった。よく見ると、指の間もひび割れていた。そこもしっかりとつけた。
「水仕事いつもしてもらってるもんね、ありがとうね……」
桐久くんの手、大きい。やっぱり男の子だな。そう思うと、途端に恥ずかしくなってきた。今のあたしったら、こんなにベタベタと触ってしまっている。
「ご、ごめんね、桐久くん。その……」
「いえ……あの……素直に、嬉しいです」
桐久くんは、あたしの手に指を組み合わせてきた。そのまま、無言で見つめ合ってしまった。嫌じゃない。むしろ……。
「あの、さ。桐久くん」
「はい」
「まだ、自分の気持ち、よくわからないけど……桐久くんとこうしてるの、好きかも」
「ありがとう、ございます」
それから、どちらともなく指を外して。あたしは場を切り替えようと明るく言った。
「うん! 桐久くん用のハンドクリーム買いに行こう! 毎日ちゃんと塗らなきゃいけないからね!」
「そうですね!」
部屋に戻っても、まだ組み合わされた手の感覚が残っていた。
次話
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花、咲かせて(4/8) 惣山沙樹 @saki-souyama
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