とりちがい

志波 煌汰

間違い、勘違い、人違い。

 生きていると色々と間違いをするもんでございます。

 かくいう私もそそっかしい方でして、日々色々と間違いながら生きております。最近で一番大きな間違いだと、飛行機の日付を一日間違えていて朝起きたら飛行機が飛び立った後だった、なんてことがありました。

 親からは「育て方を間違えた」なんて言われたり言われなかったりしますが、まぁ違いない。

 とはいえ間違わない人というものがこの世にいない以上、間違えた後どうやって生きていくのかが大事だという気がしないでもありません。


 さて、間違えるという点では人間以外も同じようで……。


◆◆◆


 昔々のことでございます。

 とある男が晩酌をしていますと、こんこんと戸を叩くものがありまして「ごめんください」と声をかけてきます。

 こんな夜遅くに一体なんだなんだと戸を開けましたところ、立っていたのは真っ白な着物に身を包んだ見知らぬ美女。

 男が驚いて目を白黒させておりますと、「ようやくお会い出来ました」とその女が口を利く。

「一体全体どちら様だい、俺ぁこんな別嬪さんが訪ねてくる覚えはねえぞ」

「お判りになられないのも無理のないことでございます。私、いつぞやお助けいただいた鳥でございます。本日は恩返しに参りました」

「鳥ぃ?」

 女申して曰く、以前罠にかかっていた白い鳥を哀れに思って逃がしたことがあるだろう、自分はその時の鳥である、本日はお礼をしたく娘の姿に化けて参った、どうか家に上げてはくれないかとこういう話でありました。


「ははあなるほど、鶴の恩返しってやつかい」

 なるほど話を了解した男、しかし了解したはいいが問題が一つある。

 それと言うのも、

(鶴を助けた覚えなんて、ありゃあしねえんだがなぁ)

 そうなのです。この男、小狡くケチ臭いことで近所でも評判。釣銭を誤魔化し、落ちている財布をネコババしては、小金をちまちま貯めこむのが趣味だという。そんな男が罠にかかった鳥なんぞ助けるわけがありません、そんなものを見つけたら横取りするに決まっています。

 しかしまあ、男自身には心当たりはありませんでしたが、心当たりがありそうな人間に心当たりがありました。


 というのも、男の近所に年の頃も背格好もよく似た別の男がおりまして、そいつが自分とは真反対に正直と優しさを絵にかいたような性格。

 おそらく目の前の鶴を助けたというのはそいつだろうと男は考えました。いかにもやりそうなことです。

 人間だって鳥の見分けなんてなかなかつきませんから、鳥の方からしても人間の見分けがつかなくても不思議じゃあありません。おそらくこの鶴は正直男と自分とを人違い、いえ、鳥だけにをしたに違いありません。

 思いもかけぬ幸運をみすみす逃すような男じゃありません。助けてもない相手からの恩返し、こんなに美味しい話があるでしょうか。

「なあるほどなるほど、あの時の。まあまあ、そこに突っ立っているのもなんだし、とりあえず上がりなよ。おっと今のは洒落じゃないぜ」

 ということで男はまんまと女を取り込むことに成功したのでした。


 さて、女を上げたはいいものの、恩返しと言っても何をしてもらおうかと男は思案します。

 最初はとんだ別嬪ですし寝所に招こうか、などと下衆なことを考えていましたが、冷静になって考えてみれば相手は野生動物、うっかり変な病気なんてうつされたら敵いません。鳥インフルエンザとか、怖いですしね。

 それでは昔話の通りに機でも織ってもらおうかとも考えますが、一人暮らしの男の家には機織機がございません。

 仕方がないので今日のところは晩酌に付き合ってもらい、どうやって恩を返してもらうかは後ほどゆっくり考えようということにしました。

「それでは注がせてもらいます、ささ、どうぞどうぞ」

「なんだか悪いねえ。ととと、うぃー。いやあ、別嬪さんに注いでもらうってだけで酒はこんなにも美味くなるもんだなぁ。あんたも飲んだらどうだい」

「では失礼いたしまして……」

「おうおうおう、いーい飲みっぷりだ。まるで酒が水みたいだな。まさしく水飲み鳥って感じだあ」

 ってな具合で、どんどん酒が進みます。

「いやー、酒が美味いと肴もうまいねえ」

「魚でございますか。ご相伴に預かっても?」

「ああいや、肴っつっても魚じゃなくてだな。姉ちゃんは食べない方が」

「まあそんな意地悪をしないでくださいませ。ひょいぱくり」

「あ、あ、あ、食っちまった。いいのかな、鳥刺しなんだけど」

「こちらのお吸い物も、美味しゅうございます」

「あらららら、飲んじまったよ鶏ガラスープ。いいのかな。まあワシとかタカとかは小鳥を食うって言うし、構いはしないか……」

 ちょいと肝を冷やしたりもしましたが、晩酌は楽しく進みます。

 女は美人なだけでなく、性格もおっとりしていて素敵です。男もすっかり虜になって、うっとり。

 このまま嫁に来てくりゃしないかなぁなどと思いながら、男はいつしか眠ってしまいました。



 翌朝。

 鶏の声で起こされた男、大きく伸びをしていい気持ちで目覚めたところ、傍に女がいないことに気が付きます。

 夢でも見たかと思いましたが、しっかり二人分の晩酌の跡は残っています。

 となると外に出たのかしらん。そう思って家の周りをぐるりと回ってみましたが、女の姿はありません。

 探せども探せども、トリ会えず。

 何か女の残したものがありゃしないかと家じゅうひっくり返したところ、残したものではなく無くしたものに気付きました。

 それは男がこっそり貯めこんでいた財産。それが家の中からすっかり消えておりました。どうやら盗まれたようでございます。

 事態を理解した男は悔しがって地団太を踏みながら叫びました。



「チクショウ、やられた。恩返しだなんて嘘ばっかりだ。さてはあの鳥め、ツルじゃなくてサギだったか」


 これぞまさしく、



 おあとがよろしいようで。

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