第2話 本編

「10時のおやつは あのケーキ屋のクッキーよ!」

「わー!おばあちゃん大好きー!」

「二人はこれ大好きだもん ね~」

 祖母はクッキーを2枚ずつ手渡した。

「お天気もいいし、ルナパークに遊びに行く?」

 二人の孫を誘った。


 二人の両親は仕事だったので祖母が二人を預かっていたのだ。


「嬉し~!」

 二人は飛び上がらんばかりにはしゃいだ。


「ついでと言ったら怒られちゃうけど、いつも通りお地蔵さんに挨拶してから行こうね。」

 この地蔵、総社町の住宅地の片隅にちょこんと祀ってある。従ってやしろはとても小さいのだが、年に一度この地蔵を主尊としたお祭りが催されるなど、地域住民に大変親しまれている子育て地蔵なのだ。


 社は祖母の家から車で5分位の所にあった。

「お地蔵さん、これ食べてください。とっても美味しいんだよ!」

 そう言って拓也が地蔵の前に祖母から貰ったクッキーを供えた。

「拓ちゃん、食べなかったの?」 

「必ずここに寄ると思ったから一枚残しておいたんだ。」

 拓也がニコニコしながら答えた。

「そうだったの。拓ちゃんはえらいな~」

 その様子を見ていた愛もクッキーをお供えして拓也と同じことを言った。

「あらまぁ!愛ちゃんもなの!二人ともいい子だわ~!!」

 祖母は満面の笑顔で二人の頭を撫でた。


 チリ~ン!


 社の軒に誰かが吊り下げた風鈴が鳴った。

「行ってきます!」

 三人はルナパークに向った。


「混んでる。駐車場が一杯だよ。」

 愛が不機嫌そうに言った。 

「でもほら!あそこが空いてる。」

 祖母は目ざとかった。 


「ジェットコースターに乗る!」

 拓也が車から降りるなり駆け出した。

「ニーニ、待ってよ!」

「拓ちゃん、急ぐと危ないよ。車に気を付けて!」

 祖母は大きな声で注意を促した。


 どの遊具も子供達が相当並んでいる。


「先に行って並んでるから切符買ってきて!」

 拓也は大きな声でそう言ってどんどん行ってしまった。

「仕方ないわね!愛ちゃんはおばあちゃんと一緒に行こうね。」

 二人は手をつないで歩いた。


「見て! カラスがあんなに一杯とまってるよ。」

 愛が公園脇の松並木を指差した。

「まぁ 不気味ね!」

 そこには数十羽のカラスがいた。通常カーカーとうるさい筈だが、全く鳴き声が聞こえない。


「何か変ね~」

 祖母がつぶやいた。


 すると別の親子連れの子供が利根川の方を指さして大声で叫んだ。

「何あれ! 黒い変なたこみたいなのが飛んでる!」

 公園の西側には利根川が流れている。

 その凧みたいな黒い変な物が、利根川の上を風に乗って上流の方から飛んでくるのが見えた。真ん中に一つ穴が空いていた。


「もう一つ来る!」

 また子供が叫んだ。

 今度は穴が二つ。


「一体あれは何?」

 見たこともない不思議な物。祖母は気味悪がった。


 黒い変な物は更に続けて飛んで来た。それも数を増すごとに中央の穴の数が増えている。

 穴の数が13個になった時だ。いきなりカラスが鳴き始めた。


「カァー」「カァーカァー」「カァーカァーカァー」・・


 鳴き声が一つずつ増えている。

「変な鳴き方するね!」

 鳴き声は何かをカウントしているというか、何かが始まる合図のようにも聞こえた。

 祖母はカラスが鳴く度に鳴き声を数えた。


「今回は11回よ!」

 カラスは更に鳴き続けた。そして13回鳴いた。


「利根川の水が逆流してるみたいだ!」

 スマホで利根川の防災ライブを見ていた誰かが大声で叫んで、周りの人達にその映像を見せた。

 映像には水面が赤黒く盛り上がり、それが上流の方に移動している様子が映っていた。


 ウーッ  ウーッ  ウーッ!


 緊急連絡用のスピーカからサイレンが鳴った。

「緊急連絡! 

 直ちに利根川の流域から離れて高いところに避難してください。

 繰り返します。

 ・・・」

 緊張した声が響き渡った。

 逆流の原因は不明だが、遡った水が一気に流れ下って来る可能性があるともアナウンスされた。


 何処かで大きな地震が起きたのか。いや、そんな情報はない。

 それに、利根川の水が逆流した話など、これまで聞いたこともない。


「一体、何が起こっているんだ!」

 公園にいた人々はパニック気味となった。ルナパークの遊具は一斉にストップした。


「拓ちゃんを探しに行かなくちゃ!」


 祖母は愛を抱えてジェットコースター乗り場に急いだ。

 晴れ渡っていた空がいつの間にかここらの上空だけ黒い雲に覆われていた。

 と、ルナパークの方で雷が落ちた。

(激しい落雷の音)

 落雷は二度三度と続いた。


「拓ちゃん! 拓ちゃん!」

 祖母は大声で呼んだ。愛も「ニーニ!」を連発した。

 しかし拓也の姿は何処にもない。


「何処に行っちゃったの!」

 心配そうに二人は辺りを見渡す。


「この辺だと県庁が一番高いし頑丈だからそこへ急ごう!」

 誰かが周囲の皆にも聞こえるような大きな声で言った。その声を聞いた人達は揃って県庁へと急いだ。

 激しい雨が降り出した。

(激しい雨音)

 人影はどんどん減っていく。

 拓也の姿も無い。


「拓ちゃ~ん!拓ちゃ~ん!」

 大きな声で更に呼んだが、とうとう見つからなかった。

 祖母は愛を抱きかかえたまま、そこから離れることが出来なかった。


 県庁に避難した人は32階の展望にいた。

 ここは市街地や周囲の山々が一望できる見晴らしの良い所だ。しかし利根川は良く見えない。一番よく見えるところは男子便所だ。多くの男性がそこに行って利根川を見ていた。

「何処まで逆流しているんだ?」

 誰かが疑問を投げかけた。


「赤城山が赤くなってる!」

 別の一人が叫んだ。赤城山は時間を追うごとに赤みを増しているように見える。


「赤城がねるのか? そしたらここも危険だ!」

 トイレの中が大騒ぎになった。


 利根川の逆流が収まった。一瞬静けさが戻った。


 そう思ったのも束の間、今度は利根川の上流、谷川岳辺りだろうか別の真っ黒い雲が湧きあがり、瞬く間に県庁周辺までやって来た。

(ビュービューと激しい突風の音)


「県庁舎が揺れてる!」

(キャー!という悲鳴) 

 展望の至る所から悲鳴が上がった。


(更に激しいゴー!という突風の音)

 その突風の中、県庁の建物脇の通路に避難の為か足早に歩く老婦人がいた。入口まであとわずかの所まで来た時、老婦人は突風をまともに受けてしまった。いわゆるビル風だ。従って風力は何倍も強くなる。それを受けてしまった老婦人は枯葉のようにひらひらと宙に舞い上げられてしまった。

 風が止んだ。

 老婦人は真っ逆さまに地面に叩きつけられてしまった。

 何ということか・・・即死だった。

 展望でそれを見ていた人から悲鳴が上がった。


 激しい雨は降り続き、雷はひっきりなしに鳴り響く。


「一体どうしちゃったんだ! 何故こんなことが起きるんだ!」

 誰もが恐怖心に駆られた。


 

「おばあちゃん、お空に何かが浮かんでるよ!」

 ルナパークの売店の軒先に退避していた愛が言った。

「えっ! ん! 何かしら。ヒトの形のようにも見えるけど。」

 祖母は目を凝らして覗き込むように見入った。

 その浮かんでいるものは着物を着ている人にも見えた。更に目を凝らした。人型は右手に何か長い棒のようものを持ち、左手には何かを抱えているように見えた。

 人型は黒い雲の中に何かを語りかけたのか。と、突如棒のような物を真っ黒い雲に突き刺した。


 チャリーン


 金属音がした。


(激しい雷の音)

 雲の中に雷光が走った。

 するとその中から赤い球のようなものがゆらゆらと一つ落ちてきた。

 それを人型はパクリと食った?


 人型は更に2度突いた。


 チャリーン チャリーン


 また金属音がした。

 赤い球が二つ落ちてきて、人型はそれもパクリとやった。


 続けて3度4度と突いた。その度に突いた分だけの赤い球が落ちてきて、その全てを食ったかに見える。

 そして13度突いた時、黒雲が大きく割れて赤い球が次々と大量に落ちてきた。それに連れて人型の口がとてつもなく大きく開いた。赤い球はどんどんとその口の中に吸い込まれて行く。


 黒雲は赤い球が落ちるに連れ小さくなった。もう少しで黒雲が消滅しそうになった時、雲の片鱗に赤い球が一つしがみついた。人型は棒のようなものでその赤い球を軽く突いた。赤い球は諦めたように雲からふらふらしながら落ちて、人型の口の中に消えた。

 黒雲は完全に消えた。


 それを見定めた人型が一瞬金色に光った。

奇麗きれー!」

 愛が感嘆の声を上げた。


「何?」

 不思議な現象に、祖母はぽかんと口を開けたままだった。


 人型は姿を消した。

 いつの間にか赤城山も普段の色合いに戻っていた。

 県庁に避難していた人達は黒雲が消えたことで県庁を後にした。


 

(スマホの着信音)

 祖母のスマホが鳴った。

「もしもし えーっ!」


 祖母は腰を抜かさんばかりに驚いた。


「拓ちゃん?本当に拓ちゃんなの?」

 祖母の声が上ずった。


「うん、僕だよ。」

 拓也が地蔵の社の所でうずくまっているのを近所の婦人が見つけ、心配してるだろうと連絡を入れたという。

 祖母と愛は拓也の所に急行した。


「あばあちゃん!」

 祖母を見つけた拓也が叫んだ。

 駆け寄った祖母は拓也を抱きしめる。

「拓ちゃんは何故ここにいるの?」

 その不思議を尋ねた。


「分からない。気が付いたらここにいたんだ。嘘じゃないよ。」

 拓也の目が潤んだ。

「でもね、変なのは乗り場で順番待ちをしてたら雷がすぐそばに落ちて、そしたら体がフワッと浮いたように感じたんだ。でもその後のことは何も覚えていないんだよ。」

 拓也はその時の状況の分かっている限りを説明した。


「嘘ついてるなんて誰も思わないよ。不思議な経験をしたんだね。」

 そう言って祖母は再び拓也を抱きしめた。


「もしかしたらお地蔵さんがここに連れて来てくれたのかも知れないわね。お礼を言わなくちゃ!」

 落ち着いて来た祖母は地蔵に頭を下げた。


「あの浮かんでた人みたいな何かは左手に何か抱えてるようだったけど・・・

 その何かって、もしかしたらニーニ?」

 愛が言った。


「やっぱりそうよ! あれは絶対ここのお地蔵さんだったのよ。お地蔵さんが拓ちゃんを助けに行って、そしてここに連れて来てくれた。きっとそうに違いない!」

 祖母はそう確信して疑うことはなかった。


 チャリ~ン チャリ~ン


 風鈴が二度鳴った。何故かチリ~ンではなかった。

 あの人型が棒で雲を突いた時の音と同じに聞こえた。

 祖母は改めて手を合わせ、深く地蔵に感謝したのだった。


おわり


 では此れより謎を考察する。

 黒い凧のような物

 利根川の水面を赤黒く盛り上げた物

 それらは一体何?

 13という数字は?


 先ず黒い凧のような物

 人は災害などで多くの命を落としてきた。それは群馬とて同じ。谷川での遭難、榛名の噴火、利根川の洪水等々。奪われた命は霊体となって利根川流域に浮遊した。その霊体は突然の死に目的を失い失望し災いをもたらすようになる。かつてそのことを知ったある陰陽師がその霊体を治めようと13という数字を念じ込んだおふだを使った。

 今回、理由は不明だがそのお札が剥がれ、北風に飛ばされ、13個の黒い凧のような物に変身した。それを人々が見たのだろう。

 またカラスは賢く霊感の強い鳥である。13の意味を捉えていたと推測する。


 次に利根川の件

 治められていた霊体はお札が剝がれたことで力を取り戻し、赤黒い烏合うごうの衆、つまり怨霊の塊と成り変わった。

 怨霊は自分たちの叶わぬ思いを遂げるため更に大きな力を得ようと集合を始める。移動手段として利用したのが利根川水流。水面を持ち上げ目指す方向へと移動する。それが逆流しているように見えた。

 集合する目的地は群馬の目印、赤城山だった。多分この山は過去にも同じようなことがあったのだろう。だから赤く染まる城で赤城と呼ばれるようになった?


 13という数字

 イエス・キリストの処刑日が13日。死刑台に上がる階段が13段。

 不吉な数字と・・・

 実はこれ、相手を封じ込める力を持った数字だったのだ。


 地蔵も考えてみる

 これより地蔵尊と呼ぶ。

 地蔵尊はいろいろいるが子育て地蔵尊もその一尊。

 この地蔵尊は子が健やかに育つのを妨げる厄を祓うことが役割。長錫杖ながしゃくじょう(長い棒状の物)はそのための法具。「チャリン」という音は錫杖に付いている遊環ゆうかんという金属のわっかがぶつかって発する音。

 今回怨霊は地蔵尊を敬う子供を狙った。だから地蔵尊はそれに対処した。その方法は霊体を自分の体内に取り込み、浄化させるというやり方だった。

 地蔵尊には感謝しかない。

 それにしても地蔵尊は黒雲の中に何を語りかけたのか。その内容はまたの機会に!


 最後に一言

 災害はこれまで多くの人々を巻き込み甚大な被害をもたらしてきた。

 今もあちこちで起きている。

 ご用心さなされ!

 

 以上

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