「トリあえず」で告白

江東うゆう

「トリあえず」で告白

「放課後、待っているから」


 三月十八日の誕生日。そう言って、幼なじみの和花わかがくれたのは、五十音表。そして、「トリあえず」のメモ。


「え、ちょっと」


 僕が引き留める間もなく、和花は走り去った。


「なんだよ、陽太ひなた、告白かよ」


 親友のがくにからかわれて、「うるせぇ」とは言ったものの、僕にはわけがわからなかった。五十音表は、ひらがなのものが一般的なのに、もらった表はカタカナで書かれている。告白なら、「好き」と一言いえばいいのに、やけにめんどうくさいことをする。


「それ、音楽室の席順じゃないのか」


 言われて、音楽室を思い浮かべる。各クラスと違って、音楽室は広い階段教室だ。後ろに、高校に入ってすぐ習うギターを一クラス分並べておいてあっても、余裕があるくらい。もちろん、席の数も多い。


「トとリの位置にある机を見ろということか?」

「たぶんね。となりのクラスが音楽室の掃除の担当だから、見せてもらうか」


 僕らは、昼休みに音楽室に向かった。岳は「じゃまするー」と言って笑顔を振りまくと、「ト」の位置にある席を覗き込んだ。机の下には物を置ける棚があるのだ。


「あったぞ」


 岳が紙切れをつまみ上げた。僕も、「リ」の席でメモを見つける。

 アルファベットが書かれているが、だいぶ足りない。


「二枚で一つの表ってわけだ」


 岳が僕の持っていたメモに、自分が見つけたメモをくっつける。岳の方は「A、B、C、D、H、I、J、O、P、Q、V、W、X」。僕のは残りの部分で、一行七文字ずつ並べて書いた表だった。


「残りは、『あえず』だけど、これは?」


 岳が首を捻る。七列かける四行、あるいは、四列かける七行。どの教室だ?


「化学室だ」


 僕らの高校の化学室は、大きな机が六台ある。一列に三台ずつ並んでいて、二列だ。一つの机には、四から六人分の席がある。


「化学室は……一年二組、だったかな。まだ掃除をしているだろう。見にいこう」


 音楽室のある南棟から化学室のある北棟に移動する。掃除の生徒たちは引き上げるところだった。化学準備室にいた先生に挨拶して、部屋を見せてもらう。


「A、E、Z、U、か。手分けして行こう。順番が大事かもしれないから、どこの席に何があったか覚えておけよ。俺は、AとEを見る」

「まって。ここは、僕が見るよ」


 もとの図とメッセージを渡されたのは僕だ。岳が、「ええ」とかいうのを放っておいて、僕は椅子を見る。ひっくり返すと、メモが貼りつけてあった。

 ひらがなが、一文字ずつ書かれている。

 僕はそれを読んで、ほほえむ。

 

 保育園から一緒の和花。小さい頃から恥ずかしがり屋だった。僕もそれほど積極的な性格じゃないから、二人でもじもじしていたのを思い出す。

 小学校。和花と一緒の分団で六年間通った。六年生のときは、和花が班長で、僕が副班長。遅刻しそうになる僕に、たびたび、心配そうな顔で「遅れちゃうよ」と注意してくれた。

 中学校。僕から告白した。三年間、答えはもらえなかったけれど、僕らは部活の帰りのタイミングが合ったりすると、一緒に帰った。三年の夏、僕は志望校を告げた。和花が最初から狙っていた高校だ。僕には少し難しかったけれど、猛勉強して合格した。

 高校に入ってからも、告白の返事はもらえていない。でも、雨の日なんかは、和花のお母さんが和花と一緒に僕も学校に送ってくれる。車内では、勉強や部活の話をしている。


「僕、ちょっと教室に戻るよ」


 岳に言って、僕は先生に怒られないように、早足でまっすぐ廊下を進む。僕らの二年二組は北棟二階の東から二番目の教室だ。

 教室の扉を開けると、和花がまだ残っていた。

 僕は駆け寄り、メモを見せる。


「ありがとう」


 机に並べたメモには、それぞれ「た」「ん」「お」「め」の文字があった。誕生日おめでとう、そういうことだ。


「こちらこそ、ちゃんとメッセージ受け取ってくれてありがとう」


 和花がはにかんだ。肩からストレートの髪が胸元に流れる。髪がブレザーの襟とこすれて、小さな音を立てた。


「和花、このあとの予定は?」

「もう帰るよ。よかったら……途中のバス停で降りて、ケーキを食べるとか……よかったらだけど。伝えたいことが、あって」


 耳まで赤くなる和花が、何を伝えようとしているのか、僕はもうわかっている。

 僕はポケットに手を突っ込んだ。札入れを探り、千円札が何枚入っているかを確認する。


「いいよ。だけど先に、駅前の雑貨店に寄っていい?」

「いいけど。用事があるの?」

「買いたい物があるんだ。働くようになったら、ちゃんとしたのを買うけど、とりあえず、今、渡したいものがあるから」


 僕は、喫茶店で和花にケーキをおごった。それから、雑貨店で買って、かわいくラッピングしてもらった袋を出した。

 中は、指輪。


 指輪を見せて、もう一度告白しようとしたら、和花が両手のひらを向けて止めた。


「陽太君。今度は、私がちゃんと言わなきゃ」


 和花は深呼吸して、真面目な顔で僕を見た。


「好きだといってくれて、ありがとう。私も好きです」


 僕は視界が涙でにじむのを感じながら、和花の手をとり、指輪をはめた。


〈おわり〉

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「トリあえず」で告白 江東うゆう @etou-uyu

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