【KAC20245】ネコゲーム

人生

やる気がない




 ある休日、家族が買い出しに出かけ、家で一人になった。


 いちおう他に、毎日食って寝てばかりの三毛猫が一匹。昔は外に出て野生みもあったが、現在は完全に家猫化が進んでいる。ついさっきも出かけていく母にご飯を要求し、満たされ、そして眠っている。


 ピクリと、ヤツの耳が動いた。何かの気配を察したのだろう。それは私も同様だった。


 物音が聞こえたのだ。しかし家には今、誰もいないはず。


 居間を出る。見ると、車庫へと続く勝手口が開いていた。ドアの開いた音ではなかったから、恐らくこれは家族が閉め忘れたものだろう。物音の正体はこれではない。


 気のせいかと思い、戻ってテレビを観ようとした。

 壁際、猫が皿に顔を突っ込んでいた。明らかな異物が背中を丸めて、ご飯にがっついている。一瞬ぎょっとした。

 さっきも食べていたのに、またか。起きたらすぐこれだ。

 私は呆れながら居間に戻る。ヤツは先ほどと同じ場所で丸くなっていた。


 とっさに居間を飛び出すと、むこうもこちらに気付いたようだった。ウチのものではない、小さな三毛猫が私を見た。目が合った。そしてそいつは逃げ出した。


 野良猫である。たまに、ウチに不法侵入し、ウチの猫のご飯を盗み食いする。


 おのれ野良猫め。私が追い立てるように迫ると、勝手口前で立ち止まりこちらを振り返っていたその三毛猫は、脱兎のごとく外へ飛び出していった。


 ドアが開けっ放しだったせいだ。これはあとで帰ってきた家族に言ってやらねば。私はそう思い、ドアを閉じようとした。


「…………」


 猫がいた。


 ウチの猫と同じくらいのサイズ感の(つまりデブい)、茶トラの猫だ。不遜な表情でこちらを仰ぎ見る。


 勝手口のドアの前、というか、足元というか。靴などが置かれているそこにもたれかかっている。ドアを閉めれば、まず挟まるだろう位置だ。デブいので、頭とか尻尾とか挟まれる。


 なんだ、こいつ?


 首輪などはしていない。こいつも野良だ。毛の感じとか、野良っぽい。


 人間慣れしているのか、さっきの子猫と違ってすぐに逃げ出そうとはしない。触ろうと思えば触れるし、捕まえることも出来るだろう。ここまで接近すればたいていの野良猫は逃げるはずなのに。憮然としているのか。ふてぶてしい顔だ。


 床を踏んで、足音を鳴らしてみる。これで逃げるかと思ったが、そいつは動かない。これではドアが閉められない。


「閉めるぞ……」


 身を乗り出し、ドアのノブを掴む。ドアをこちらに引き寄せる。閉めようとすれば、つまりドアが自身に接近すれば、さすがにこいつも逃げるだろうと思ったのだ。


 しかし、動かない。


 しかもあろうことか、身をよじって、やれるものならやってみろ、とばかりに仰向けに寝転がる。腹を上にして、降参というよりあおっているかのようなポーズ。


 ……ゆっくり閉めれば、挟まることなく閉められるかもしれない。しかしここに問題があって、ウチのドアは壊れている。上部にあるドアクローザーなるものがおかしくなっていて、通常であれば手を放しても自然とゆっくり閉まるところが、ウチのは急に「ばん!」と閉まるのだ。いつか指などを挟んで怪我するのではないか、というような勢い。


 つまり、ともすればこの野良猫に怪我を負わせる恐れがある。別に、どこの馬の骨とも知れない野良猫だ。構うものか、とはさすがに思えない。まるで人間の良心を試しているかのように、その猫は腹を見せて寝転んでいた。


 むかつく……。


 手を放してやろうか? 痛い目に遭わせてやろうか?


 はなさないでと懇願するでも逃げ出すでもなく、こちらを見上げている野良猫である。近所の住人からご飯でももらっていて、それでこんなにも無警戒なのか。


 ……もう放っておこうか。どうせ家族もすぐに帰ってくるだろうし。


 それに、このままドアを中途半端に開けた格好を続けていると、いつ事故が起こるとも限らない。


 私はドアを開け放ち、その場を離れようとした。


 その時である。


 足元を何かが駆け抜けていった。


 まさか、ウチの猫が逃げ出したのか、と思った。ヤツは家猫化を推し進めていた当初、隙あらば脱走しようと企んでいたからだ。


 しかし、車庫へ飛び出していったのは見知らぬ黒猫だった。なんだ? まだ家の中に野良猫がいたのか?


 と、私がそちらに気を取られていると、足元の茶トラが動き出した。見た目に似合わず颯爽と勝手口から距離をとる。


 ……そうか、と合点がいった。


 あの茶トラ、まだ中に残っている仲間を逃がすため、ドアを閉められないよう足止めしていたのだ。こんちきしょうめ。


 ウチの猫用のご飯皿は空になっていた。野良猫にぜんぶ食べられたのだ。




 やがて、家族が帰ってきた。


 ウチの猫は自分の皿が空なのに気付き、そしてそこに残る野良猫のにおいを気にする素振りを見せてから、いつものように、家族にご飯を要求した。


 皿は空で、家族は出かける前に入れたばっかりだ。さっき食べたでしょ、と誰も相手にしなかった。


 私もフォローしない。いくら飼い猫とはいえ、家猫化しているとはいえ、自分のご飯くらい自分で守れないでどうすんだ。



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