はなさないで

朝昼 晩

ぜったいに、はなさない

 河川敷で殴り合う二人の男。

「オラァァァァ!!」

 一人は典型的な不良。リーゼントをばっちり決めた、長ランの男。

 彼の名は烏部漢太郎からすべかんたろう。地元じゃ有名な番長である。

「デリャァァァ!!」

 もう一人は目付きの悪いイケメン。金髪のハーフで、金のアクセサリーを着けている。

 彼の名は瀬良せらジューク。漢太郎と同様、名の知れた不良だ。

 そんな彼らを、僕こと久佐田凪沙くさだなぎさはしばらく見守っていた。

「どりゃぁぁぁ!!」

「だぁぁぁぁ!!」

「……はぁ」

 僕らは幼なじみで、学校でも一緒にいることが多い。

 それほどの仲である二人が殴り合いをしているのは理由があった。


 それは、とある昼休みのことだった。

「……自転車の練習に付き合ってほしい?」

「お、おう」

 相談してきたのは漢太郎。話したいことがあると、僕らを空き教室に連れてきた。

「ンだよ、珍しく真面目な顔してると思ったら、そんなことかよ」

「ああん!? そんなこととはなんだそんなこととはよォ!」

「それが人にものを頼む態度かボケナスビがぁ!?」

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

 いきなり喧嘩しそうな二人を諌めて、話を戻す。

「それにしても、なんで自転車の練習? 乗れなくても困らないって言ってたよね?」

「それは、その……」

 彼らしくない、もじもじとした様子。

「キメェ」

「ああン!?!?」

「こらこら」

 どうしてこうも喧嘩腰なのか。

「こ、今度の連休に、その、彼女に会いに行こうと思っただけだ!」

 漢太郎には遠距離恋愛中の彼女がいる。去年、親の都合で引っ越したのだ。

「電車に乗ったほうが早くねぇか?」

「電車より俺が自転車漕いだほうが速い」

「乗れないのに?」

「うぐっ……だから練習すんだよ」

 彼は両膝をつき、頭を下げる。

「頼む! こんなこと、お前らにしか頼めねぇ!」

 彼の必死の懇願に、僕らは顔を見合わせた。

「……別に、そんな頭下げなくても手伝うよ」

「! 本当か!?」

「そりゃあね。ジューク君もいいよね?」

「ああ、こいつをひっくり返せると思ったらわくわくしてきたぜ」

「んだと!!」

「はいはいやめてねー」

 隙あらば喧嘩しそうな二人を再度落ち着かせる。

「言っとくけど、このこと誰にも話すんじゃねぇぞ!」

「わかってるよ。ほらそろそろ教室戻ろ」

 そして僕らは、この日の放課後から自転車の練習を開始した。


 現在に戻る。

 もうこの時点で、何故喧嘩していたのかを予想できる人もいるだろう。

 そう、その理由はーーーーーー、

「なんで自転車放すんだァァァァァァァァァ!!!!!!」

 これである。

 恐らく自転車の練習あるあるのひとつ、『後ろで支えてくれてるはずの人がいつの間にか放してることに気付いた時の裏切られた感』を漢太郎は今感じている。

「放さないって言ったじゃねぇか!!」

「放さねぇと乗れねぇだろ!」

「後ろに居ねぇと不安だろうが!!」

「ガキかてめぇは!?」

 こんな感じで小一時間、二人はずっと殴り合いをしている。漢太郎の気持ちも分かるけど、そろそろ静かにしてほしい。通行人の視線が痛い。

 そんな時だった。

「「うおおおおおお!!!!」」

 ごりっ!

 鈍い音がこちらまで聞こえる。それと同時に、二人は倒れた。

「ちょ、ちょっと嘘だろ!」

 僕は慌てて二人に駆け寄る。

 頼むから勘弁してほしい、こんなことで救急車を呼びたくない。

 幸い、二人に意識はあるようだ。お互いに視線を交わし、満足げに微笑む。

「いいもんもってんじゃねぇか」

「そりゃこっちの台詞だ」

「ははは!」

「はははは!」

 あまりのテンプレートなやり取りに、自然と笑いが込み上げる。

 お互いの思いの丈をぶつけ合い、お互いを称えるその姿は、夕焼けすら霞むほどにまぶしかった。

「…………いやなに終わりの雰囲気出してるの。練習再開して」

「「あ、はい」」

 それから、何とか自転車に乗れるようになった漢太郎は、無事に彼女の元へ旅立ったのだった。


 連休明けの今日。

「よ、お前ら」

「おう」

「あ、漢太郎君おはよう! どうだった彼女さん、会えた?」

「あぁうん、まぁ会えたけど」

「けど?」

「めっちゃ怒られた……」

「えっ」

 しょんぼりする彼に、思わず質問する。

「な、なんで?」

「アポとってから来いって」

「連絡してねぇのかよ」

「サプライズのほうが喜ぶと思って」

「どこにサプライズ仕掛けてんだよ……」

 ジュークは呆れてため息をつく。

「一応聞くけど、別れてはないよね?」

「? おう、心配いらねぇぜ!」

 大丈夫だろうか。

 まあ、漢太郎が自転車に乗れるようになっただけでも良しとしよう。

 そう思った時だった。

「おうおうおう! 自転車に乗れねぇ漢太郎じゃねぇか!」

「もう補助輪は外れたのかぁ?」

「あ!?」

 いきなり現れた他クラスの不良達に、平穏が乱される。

「ジュークてめぇ、バラしやがったな!」

「はぁ!? んなことするかボケカスコラカス!!!」

「んじゃ、何であいつらが知ってんだ!?」

「あんだけ暴れてれば噂にもなるよ……」

 きっと練習も見られてたのだろう。漢太郎は不良として有名なのだから、なおさらである。

「あの漢太郎が自転車乗れねぇなんてなぁ!」

「情けねぇなぁ!」

「…………ほう」

 あ、駄目だこれ、ぶちギレてる。

 がしっがしっ。

「あ?」

「え?」

 漢太郎が二人の不良達の頭を鷲づかみにする。

「いいぜ、てめぇら。もう二度とその話できないようにしてやるよ」

 そう言うと、彼は不良達を引摺りながら教室の外に出ていった。

「あいつら、終わったな」

「……うん」

 その後、悲鳴が学校全体に響き渡り、あのことを話す生徒は、僕ら以外には居なくなったという。

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はなさないで 朝昼 晩 @asahiru24

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