ナイデ・ナイテ

生來 哲学

口悪女子高生探偵は流行らない

 私には三分以内に終わらせなければならないことがある。

 事件の真相を語ることだ。


「三年前のあの日。私は――」

「ちょっと待って」

 私の言葉を親友の紹子しょうこが 遮る。

「まだ心の準備が」

「いい加減にしてよ! こっちは早く帰りたいのよ!! 証言だけさせてささっと帰らせてよ」

 私の言葉にこの場にいる事件関係者全員が気まずい顔をした。

 このやりとり何度目だ、と疲れすら見える。

 ここはとある連続殺人事件の現場だ。色々あって事件の謎を解くために関係者が全員集められ、後は私が三年前の事件の真相を話すだけ、という状況である。

「あの、紹子さん。なにも取って食おうって訳ではありません。まずは話を聞いてみませんか」

「うるせー! 売れない小説家は黙ってろ。探偵気取りで場を仕切った割に全部推理外したじゃねーか」

「へぐっ」

 中年男性の小説家――売杉うれすぎ流行乃介はやりのすけが押し黙る。

「落ち着いて、紹子ちゃん。もうすべては終わったことなのよ」

「バーカ殺人鬼は黙ってろ。テメーのトリックは私が全部解いたし、真沙実が証言をしてもしなくてもテメーが人を殺した事実には変わりないんだからとっととムショにしっぴかれてろ。ほっとんどの事件はテメーの浮気が原因で男共を殺しまくっただけじゃねーか」

 紹子の言葉に真犯人の殺人鬼こと迷居寝子おばさんが口をつぐんだ。

 確かに私の独白をしようがしまいが彼女が逮捕されることに変わりはないのである。

「じゃ、署までご同行お願いします。ほら、連れて行きなさい」

「いやぁぁぁ! 待ってよ! 事件の真相は? 三年前何があったの? 最後まで聞かせてよぉ! 離して! 離してよぉ! 私には事件の真相を聞く権利が!!」

 二人の警官に押さえ込まれながら人妻殺人鬼は悲痛な叫びと共に退室していった。

「ほ、ほら犯人の寝子さんも居なくなったことだし、真沙実もそろそろ真相を話してもらっていいですか?」

 と、私の父が場を取り仕切ろうとする。

「は? テメーもなんで涼しい顔して居座ってんだこの殺人鬼の共犯者が。そもそもテメーが寝子と浮気したのが原因だろうが。恥を知れ。しかもあいつが人を殺してるのに気づいたら止めずに共犯に走ったのなんなの? 刑事さんこいつもさっさと連れて行きましょう」

「そうだな。君、連れて行き給え」

「ちょ、嘘だろ! おーい真沙実! 結局三年前に何があったんだよ! このままじゃ父さん刑務所で安心して眠れないよ! 真沙実ー!」

「あ、遠慮せず連れて行ってください」

 悲痛な訴えをする浮気男こと私の父を無視し、刑事さんにとっとと連行することを要求する。

「……いやぁ、この部屋から殺人鬼連中がいなくなってすっきりしたな。全くあんな連中と一緒に仕事してたなんてぞっとしないね」

「テメーもなに無関係ですよ、て顔してんだこのあんぽんたん。自分の妻が殺人犯だって気づいて何度も証拠隠滅してた癖に逮捕されたらいきなり他人面して無関係の振りしてるとか虫ずが走る。あんたも立派な殺人者幇助だからね。ほら、刑事さん」

「君の言うとおりだ。連れて行け」

 人妻殺人鬼の夫も刑事さんの部下に両腕をがっしり掴まれる。

「ちょ、そんなご無体な! うぉーい! 紹子ちゃん! 三年前の真相教えてくれよー! こんなんじゃ夜しか眠れない! 俺には知る権利が――」

 ぱたん、と人妻殺人鬼の夫も連れ出された。

 後に残ったのは私と、紹子と刑事さん、売れない小説家の四人のみ。

 私はちらりと時計を見た。終電の時間ぎりぎりだ。

「紹子、一つ確認なんだけど、ぶっちゃけ三年前の真相はなんなく推理できてるから聞きたくないのよね」

「うん、まあ」

 私の言葉に女子高生探偵の紹子はこくりと頷く。聡明な彼女のことだ。もうすべて分かってるのだろう。だが、あまりにも残酷な真実を改めて聞きたくないに違いない。

「でも、容疑者は全員今逮捕されたわよね」

「そうだね」

「じゃ、この話はここで終了ね。帰ろっか」

「……そだね」

 私と紹子の会話に側で訊いてた刑事さんと小説家が血相を変える。

「え、ちょっ、三年前の事件の真相は」

「それがないとこの連続殺人が解決されないんですか?」

「う、それは、そうなんだが……」

 小太りの刑事さんがおろおろと視線を泳がせる。

「大切なのは『真実』へと向かう意志だ! 正しい『真実』へと向かおうとする意志がいずれ人を『真実』へと到達させる! 僕にはその意志も覚悟もある! そもそもこの事件は三年前の真相を探るためにあの奥さんが知ってそうな男と次々と寝ては殺していった。その『真実』を知るためには――」

「うっせー。テメーはたまたまあの日この場所に居合わせただけの部外者だろうが。売れねー小説家が出歯亀野次馬してるんじゃねーよ、カス」

「あ、はい、生きててすいません」

 ぴしゃり、と言われて小説家先生はかっくりとその場にうなだれた。

「じゃ、刑事さん、私達かえりまーす」

「ちょ、君たちー! 三年前の真相ワシにだけ教えてくれんかー!」

「嫌でーす」

 と言う訳で私と紹子はがっしりと手を繋いで不吉な事件現場からとっとと離れて私達の住む学生寮へ帰るのだった。




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