この手を離さないで
宵埜白猫
この手を離さないで
菜月と初めて会ったのは、高校に入学してすぐのこと。
部活の勧誘でにぎわう正門を避けて、回り道をしていた時だった。
「あなたも一年生?」
猫のようにくりっとした目に、小さくて愛らしい顔立ち。
背も小柄でやたらとお洒落なここの制服もよく似合っていた。
春風に彼女の長い髪がなびく。
思わずそれを目で追って、視線を戻した時。
じっと私を見つめる彼女と目が合った。
「あ、ごめん」
「ふふ。緊張するよね、入学式」
柔らかな笑顔に、思わず頬が緩む。
誰に聞くまでもなく分かった。
これは一目惚れだ。
それと同時に、この恋が叶わないことも悟ってしまった。
「うん。緊張するね」
それから私は、菜月とただの友達を続けている。
友達でいられるだけでも幸せだ。
帰り道に、こうして手を繋いでくれるだけで満足だ。
これ以上を望むのは傲慢だと、そう思う。
それでも……
「もう少しだけ、この手を離さないで」
てのひらに伝わる小さな温もりに、そう伝えることができたなら。
そうしたら、
それとも、友達ですらいられなくなるだろうか。
この帰り道を一人で歩く自分を想像したら、涙がこぼれそうになった。
人を好きになることが、こんなにも怖い。
好きになって近づいて、居心地のいいこの場所を知ってしまったから。
それを失うのが怖い。
よく「こんなに辛いなら好きにならなきゃよかった」って歌詞が、ラブソングでは流れてる。
なんでそんなに悲しいことを言うんだろうって、前までの私は思ってた。
人を好きになるだけで、素晴らしいことなのにって。
贅沢な願いだと思った。
でも、今なら分かる。
「好きにならなきゃよかった」は、精一杯の告白なんだって。
「私はあなたが好きだ」って、そんな風に気軽に言える人達はいい。
同性でも異性でも、それを伝える勇気がある人達は、きっと一人でも生きていけるから。
だけど私は、弱いから今日もそれは伝えられない。
「好きにならなきゃよかった」の「好き」を、きっと最後まで続けるんだ。
この手を離さないで 宵埜白猫 @shironeko98
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます