閑話 お金がない! ③

「ジル様! 白いツボには絶対に触れないでください! いいですね?」

「おう、任せておけ」

「もう一度いいます、白いツボは触らない! 白金貨四百枚以上の国宝級ですからね!」


 冷静がウリのレイラがここ数日、その冷静さを失っているようだ。

 俺がしっかりとフォローしてやらないといけない。


「お、落ち着こうか」

「誰のせいだと?」


 4日間、すべて奇襲には成功し、予定通り。

 美術品や調度品など三回に一回はきちんと回収できているのだ。

 野球でいえばアベレージバッター。十分凄腕である。


「今、三回に一回は回収できたのに、なぜ小言を言われたきゃならないんだ、って思いましたか?」

「ギクッ!」


「ライラから盗品には触れないように、って言われていましたよね? 聞いていましたよね? 三分の二が破損や焼失しているんです! わかっていますか?」


 ここまでの俺の行動に説得力がないらしく、陽が沈むまでの時間、とくとくと念を押された。

 



「か、確認するがここで最後なんだな?」

「はい。有終の美を飾るためにも高価なツボにはくれぐれもご注意を」


 レイラはチンピラがアジトに入っていく姿を俺と共に屋根の上から数えていた。


「表の警備が一気に増えたな。俺たちが急襲していることが伝わったんだろう」

「ええ、チンピラを一か所に集めるために初日からわざと何名か見逃していましたから」


 ライラの指示なのか、二人の謀略はまるで狩りのようだ。

 手負いを逃がし、本拠に集める。

 

 ただ二人で一網打尽にするには戦力がこころもとないような気がする。



「問題ありません。丁度、援軍が到着したようです。合流しましょう」


「……なるほど。頼もしい援軍だな」


 ここまで馴染みのある魔力を持っている豪傑知り合いはいない。

 近づくとすぐに誰だかわかった。





 ◇◇◇



「チンピラ600人、ゴロツキ50人、幹部10人の巨大盗賊組織の残党が集結しています」

「用心棒は?」


「ざっと50人。略奪品や盗品をすべて王都から持ち出す準備を始めています」

「レイラ、作戦はどうする?」


「クリスさ……もとい、“なぞの銀仮面”さんはスコッ……“スコッティシルバーパワフルマン”さんと裏手からお願いします。私とジルさんで正面から堂々と乗り込みます」


 なぞの銀仮面卿はコクコクと頷くと親指を立てた。

 スコッティシルバーパワフルマン、面倒なので兄と呼ぶが終始笑顔だ。

 銀に拘るのは騎士団の徽章が銀製だからだろう。

 安直でいい。

 

「兄さん、せめて表情がわからないくらいの変装をしないと名前だけ変えても意味ないんじゃない?」


 普段着に紅いマフラーを付けただけ、しかもこのクソ暑い夜にアホじゃないのか。


「スコット。あの・・ジルちゃんに言われていますよ。もう少しどうにかしないと」

「スコット様、お名前ですが長いので改名をお願いします。ジル様が覚えられません」



 俺以上の脳筋が来てくれたお陰で、どうやら知将寄りの立ち位置を確保できそうだ。

 それにしてもクリス姉のしている銀の仮面が羨ましい。まるで世を忍ぶ軍師にみえる。


 さっそく兄さんは上服を脱ぎ始め、マフラーを頭に巻き始めた。

 逞しい身体に正体不明の雰囲気がマッチしている。なかなかカッコイイではないか。


「変態」

「キモい」


 女性陣からはウケがよくないようだ。

 危うくマネするところだった。


「とりあえず、四半刻後に襲撃を開始します。闇商人と頭領だけは生かしてください。衛兵の動きはどうですか?」


「問題ありません。今日は迂回してもらっています。騎士団も同じです」


 俺たちはペアになり、それぞれの持ち場に着いた。

 いよいよ狩りの始まりだ。





「たのもー」


 俺は堂々と護衛ひしめく正面に立った。

 半歩後ろにレイラが控える。


「何の用だ! ……き、きさまか!」


 ざっと囲うようにチンピラどもが散る。

 その間をぬってバカでかいオークそっくりな用心棒がゆっくりとニヤつきながら近づく。



「待ってたぜ。ヒョロとチビ。散々世話になったなぁ。どうした? この数をみてブルっちまったか? がははは!」


 チラリとレイラを見ると首を軽く振った。

 こんなところで時間を使うな、という意味だろう。


「おいデカいの。一瞬だけ時間をやる。おうちに帰りな」


 周囲から失笑が漏れる。

 俺は無動作の風魔法で一気に詰め寄り、思いっきり股間を蹴り上げた。


 グシャ!



「ガァァァァァァァァ!」


 悶絶するヒマがあったら戦え。

 前のめりになった顎に近距離から肘をカチ上げる。 

 

 ゴガッ!


 そのまま肘を捻り、がら空きの胴体に叩き込む。

 できるだけ殺したくないのでアバラを4本折って済ませた。


 ボギッ!


 月明りと松明は倒れた巨漢を静かに照らした。



「次は?」


「や、やっちまえ!」


 勢いづく前に俺はアイテムボックスからフレイルを取り出し、型のひとつを舞った。

 黒鉄球が暴れ、音を殺した紐鞭が風を切る。

 二尺の柄はなめし革が巻かれているので滑ることはない。


 手首を返し、地面スレスレの鉄球を背後で旋回し、その遠心力で身体を廻す。

 最後に脇におさめ、左手を前に構え、挑発した。



「ひるむな、やれ!」

 


 鉄球には刺突起はなく、殺傷能力をできるだけ抑えてある。

 だが、原形が農具だと思うと、この手軽な制圧兵器の恐ろしさが改めてわかる。

 次々に生身彼らで実証されることになった。


「おりゃぁぁぁぁ!」


 掛け声とともにチンピラが突撃してきた。

 ほとんどがナイフとショートソードだが、数人は素手のようだ。

 軽く横に旋回する。

 

 鉄球は止まらず、6人の体の一部を砕いた。


「ぎゃあぁぁぁ!」



「ここは任せろ」


 レイラは頷き、気配を上手く消してあっさりと侵入したようだ。

 扉から続々とチンピラが出てくる。

 

「思ったより強そうなヤツがいない。ハズレか!」


 陽動だと悟られたのか、囲んでいるのはチンピラばかりだ。

 冒険者崩れや兵士あがりはいない。

 逆に言えば闇夜用に作ったフレイルが役に立つ、ということだ。


 薄暗い闇夜ではこの黒い悪魔は視認できない。

 9人目の金的で鉄球が血に染まった。


「さぁ、こいよ。片っ端から女にしてやる」


 裏に回った二人なら何も心配はいらないだろう。

 さっさと片づけて合流しよう。




 Side:クリス


「団長、今、ものすごく痛そうな音が聞こえました」

「ジルちゃんの金的でしょう。それより団長はよしなさい。なぞの銀仮面卿です」


「そ、そうでした。……僕もその仮面が良かったなぁ」


 スコットは少し息苦しそうにつぶやいた。

 マフラーを巻きすぎたようだ。


「い、いきますよ」


「はい!」

「声が大きい!」



「だ、誰だ?!」


 スコットと私の声が大きかったため潜伏がバレた。

 ジルちゃんと組みたかったが仕方がない。


「誰もいませんよ!」


 返事を元気よく返すスコットをみていると、ジルちゃんもだが、この一家はこうやって自ら死地を作り出すのだろう。


「先にいきますよ! 嫁の鉄仮面さん!」

「だれだよそれ」



 裏手には今にも出発しそうな馬車が何台か停めてあった。

 先に潰しておきたい。

 

 だが正面には図体がデカいのや、帯剣している用心棒がみえる。

 どうやらこっちに戦力を集めたみたいだ。100人以上が塞いでいる。



「えっと、マフラーのあなたは馬車を破壊しなさい!」

「心得ましたぁぁぁ!」


 もう名前はどうでもいいようだ。

 

 正対している用心棒は元冒険者中心なのかもしれない。

 指示を出しているヤツの前に戦士風の男が三人並んだ。


「女だと思って舐めていると痛い目に遭いますよ?」


 左の重戦士以外は小手反しが決まり、一刀で戦闘不能にした。

 完全に舐めてくれて助かる。


「ウラァァ!」


 バスターソードの男は後ろの魔法使いと横に回ろうとしているスカウトと息が合っている。

 連撃は風魔法を隠し、暗闇から暗器が正確に飛んでくる、が余裕で躱す。



「全部躱された?!」

「当たりませんよ」



 私はそのまま踏み込むと脱力した戦士の横を二歩で抜けた。


「ひぃぃ!」


 魔法使いを一太刀で切り伏せ、水平斬りで他の用心棒をけん制し、闇夜に暗器を4本投げた。


 すべて麻痺毒が塗ってあるため、4人の素早いスカウトたちを無力化した。

 力任せの重戦士は相性があまりよくないので四肢の腱を切り裂いていく。


「グェ!」

「いてぇ!」

「卑怯な!」


 左手に砂の入った革袋を持ち、ぶっ叩く。

 右手の細身剣は目か耳を、できない場合は指先を突き刺す。


 振りかぶった攻撃にかまえていると素早い突きが入り、突きを警戒すると一発で意識を飛ばす打撃が待っている。

 対人戦の経験が薄い冒険者はひとたまりもない。

 

 逆に喧嘩慣れした用心棒には冒険者が邪魔になるように動く。


 ある程度冒険者を倒すと武器を捨て、腰巻から鎖を取り出した。


「!」


 さすが場なれした用心棒。

 鉄鎖術の恐ろしさを知っているようだ。


 それでも怯んでいられない彼らは分かりやすく吶喊してくる。

 私はそれを鎖で叩き落としていった。


「ぐぇ」

「ギャッ!」


「囲め! 距離をあけるな!」


 喧嘩慣れしている奴らは痛みに強い。

 その代わり遠距離で戦う術がない。 


「バカ野郎! 距離を空けたらやられるぞ!」

「うぎゃ!」


 振り回しながら回転半径を毎回変える。

 距離を読めない奴から仕留めていく。


「く、くそっ! 近寄れねぇ! ぐぇ!」


 一方的だったが、案外時間を喰ってしまった。

 ぼんやりと街灯に照らされた裏路地は唸る男たちで埋め尽くされていた。



「こちらも片付きました!」


 スコットは並んでいた馬車の車輪をすべて砕いていた。

 あの怪力をみた御者を始め、周囲にいた男たちは逃げだしている。


「スコット、突入しますよ」

「はい、団長!」

 

 折角用意した仮面と変装だったが……興味がないのか誰からも「誰だ?! 名を名乗れ!」と訊かれなかったのは誤算だった。


 スコットはかなり練習してたのに。

 突入したアジトの中は一変、静まり返っていた。

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