閑話 お金がない! ②
俺は勢いよくその扉を開けた。
まだ暑い日が続くなか、ここは独特の血の匂いが籠っている。
「おう、ジルさんじゃねぇか。久しいな。依頼、受けてくれるのか?」
「暇そうだなバネル。そのつもりで来た」
吊り目の店主は安堵の息を吐くとぎこちない笑顔で俺を出迎えた。
「あ、ありがてえ! 依頼は多いが
切羽詰まった現状をとくとくと語る彼に同情の言葉を選んでいると、さっそくバネルはそのまま裏の部屋に俺を案内した。
「選び放題だな」
隠し部屋の掲示板はびっしりと埋まっているが、あのにぎやかな部屋は今は静寂に包まれている。
数人の若い男女がこちらを睨んでくるが、バネルが凄むと目を逸らし、やがて更に静かになった。
ここは表向き肉屋だが、任侠裏稼業専門のギルドでもあった。
今回のクーデターに加担した軍部はもちろん、かなりの犯罪組織が壊滅に近い打撃を受けている。
さらに騎士団や自警団の見回りは少なくなったものの、治安は著しく回復した。
そのあおりを受けたのがグレーの仕事専門の
彼らの仕事は減るばかりか、より強固でしっぽを出さなくなった犯罪者に太刀打ちができなくなってしまったのだ。
犯罪組織は更に地下へもぐり、巧妙になる。他方で身バレ覚悟の荒稼ぎをして他の街に拠点を移す者たちが後を絶たない。犯罪自体が減ったのはいいが、凶悪犯罪が増えている。貴族の館まで白昼堂々と盗みに入る者もいるため、王都は今、混乱の極致にあった。
そして貼られた依頼票のほとんどは、この混乱の結果だった。
「殆どが回収依頼のようだな」
「ああ、ひでぇもんだ。報復の殺し依頼は減ったがな」
盗られた中には先祖代々の品や遺品、徽章の入ったモノなどどうしても貴族が取り戻したい品もある。
市場にあるうちに買い戻せればいいが、何某の手に渡った後は交渉から始まる。
と、いうのは稀で身代金のような法外な買戻し金額を付けられるか、更なる脅しの材料に使われている現状だった。
この
なんどかボランティアに近い金額で依頼を受けたことがあるがすべてスレーター公爵絡みである。
「なぁ、バネル。今一番稼げる依頼を選んでくれないか?」
正直、今はボランティアはできない。
てっとり早く金がいる。
「何日ある?」
「4日~5日ってところだな」
裏稼業Bランクの俺はここに出ているモノのほとんどは受注できる。
だからなおさらに迷っているのだろう。
彼は掲示板に腕を伸ばすと次々にピンを外していく。
かなりの束になったところでカウンターに促された。
「これらを頼みたい」
どさりと置いた羊皮紙は積み上がる。
「おいおい、ひとつかふたつがいいとろだ。こんな―――」
カウンター越しの彼に視線を送るとなぜかニヤついている。
その視線は俺の後ろを見ていた。
俺は既知の魔力を感じ振り返ると、双子が一風変わったメイド服の裾を軽く持ち上げ、会釈を向けられる。
「ライラ、レイラ?」
「ジル様、お館様の指示によりお手伝いに参りました」
二人とも整った顔と真っ白な肌はそのままに、以前とは違ってライラは右眼の眼帯が茶色から臙脂色に、レイラは黒い左目の眼帯が紋様入りの紺色に変わっていた。
「その眼帯と服、似合っているな」
「「ありがとうございます」」
ゴスロリのような真っ黒のレザードレスに彼女たちの濃淡のついた桃色の髪は、まるで桜と桃が咲き乱れたかのような妖艶で神秘的な美しさがある。
バネルは見とれているのか、反応がない。
それは当たり前だった。
彼女たち以上の完成度の高いメイドを俺は知らない。そのくらい慎ましくもあり華やかでもあった。
以前、スレーター公爵に二人を鑑定するよういわれたことがある。
今考えると、自分の懐刀をこうやって助力に差し向けることを想定してのかもしれない。
名前 :ライラ・ジジ・スレーター
年齢 :25歳(女)
続柄 :スレーター公爵の養女
種族 :ヒューマン
成長 :早熟型
統 率:D
武 力:C
知 力:A
内 政:B
外 交:B
魅 力:B
魔 力:C
忠誠度:S
相 性:A
スキル:審美眼5/礼儀作法5/秘書5/弓術5/回復魔法4/家事魔法3/舞踊3/裁縫2/料理2
ギフト:魔眼(右)/補佐/救済
性 格:思慮/実直/慈愛
称 号:マスター・オブ・アシスタントメイド
ライラは知略型だが人当たりもよく、気の利き方、心の配り方は尋常じゃない。
公爵の副官に相応しい処理能力の持ち主。人をみる眼だけでなく芸術にも造詣が深い。
名前 :レイラ・ジジ・スレーター
年齢 :25歳(女)
続柄 :スレーター公爵の養女
種族 :ヒューマン
成長 :早熟型
統 率:C
武 力:A
知 力:C
内 政:C
外 交:A
魅 力:A
魔 力:C
忠誠度:S
相 性:A
スキル:審美眼5/礼儀作法5/家事5/算術5/跳躍5/刀術5/体術4/交渉4/売買4
ギフト:邪眼(左)/奮戦/乾坤一擲
性 格:思慮/率先/冷静
称 号:マスター・オブ・バトルメイド
一方、レイラは護衛を兼ねる武力型バトルメイドだ。
それでいて冷静で常に周囲に目を配っている。見かけによらず商売も得意と聞いている。
彼女らにきいたのだが普通の鑑定では身持ち程度の情報しかわからず、俺のように能力値まで視えるのは異常だそうだ。
「よろしければそれらの依頼をジル様に合わせます」
運用と管理は得意なライラに任せ、レイラと共に回収にまわる。
これで頭を面倒なものから切り離すことができるので集中して依頼をこなしていくことができそうだ。
「ところで公爵閣下はなぜ復興に欠かせない二人を私に回してくれたんだ?」
レイラはくすりと笑い、ライラが柔らかい口調でフォローする。
「ご想像以上に貴族の圧力が強まっております。国内の安定にはこれ以上の策はない、とおっしゃっておりました」
なるほど。恩を売りつつ、どさくさ紛れの盗人の成敗、商人のふるい落とし、資産の保護なんかの思惑があるのだろう。
そうなると遠慮はなさそうだな。
半刻ほどでライラによるスケジューリングが終わり、溢れていた依頼はきっちり5日間の満腹コースに整理されてしまった。
「最初は東町の闇商人の倉庫襲撃、その裏のアジトの壊滅もお願いします」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、まだ真昼間だが……」
「問題ありません。花街の裏手になり、昼間は殆ど寝静まっています。襲撃のチャンスです」
抑揚のない声でレイラが答える。
どうやら夜行性の悪人どもを昼に狩る作戦を採用するらしい。
点が線に、線が面になる、なんて言っていたがよくわからないからすべてお任せした。
俺は更衣室を借りると急いで男装し、髪の色を目立つ銀髪からいつものお忍び茶色へと染め変えた。
レイラはすでに頭に地図が入っているのか、背中に掲げた細身の曲刀の手入れをしている。
どうやら先導は任せていいみたいだ。
ライラは微笑むと再度、俺に向き直り今回のポイントをかいつまんでくれた。
「現地までレイラの指示に従ってください。物品の確保などは彼女が行います。ジル様は御成敗と無力化をお願いします。襲撃後の四半刻後にうちの者たちが突入するように調整しますので、敵の存命時間などはそちらに合わせていただければ無理に殺める必要はございません。ただし、くれぐれも盗品には触れないでくださいね」
痒いところに手が届く、とはまさにこのことだろう。
一家に二人、欲しいメイドだ。
ティナ以外に専属を増やす気はないが、この二人なら何人いてもいい、と思ってしまう。
「では行ってらっしゃいませ」
「おう! いってきます!」
最後まで無言だったバネルとライラに見送られ、俺とレイラは屋根伝いに東へ飛ぶように駆けていった。
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