閑話 三

 ルベリウスが生まれる二十年近く前。

 アルヴァン帝国は領地拡大のために後に西の隣国、ヴェスタ王国へと攻め入った。

 当時の帝国の西端はアルガンド伯爵領。

 アルガンド伯爵家が治めるアルガンド領はヴェスタ王国と帝国、南方のサウザッロ王国を繋ぐ交易の要所として発展する領地で、中でも領都アルエラは当時帝国で最も人口の多い都市として栄えていた。


 妻を病気で亡くしたばかりのアインス・ヴァン・ダイスはアルエラの郊外で野営を張り、天幕の中では別の部隊の帝国兵に囲まれ口々に称賛の言葉が投げかけられる。


「アインス様は本日も見事でした」

「ヴェスタが急襲を仕掛けてきた時はもうだめかと思いました」

「アインス様が居てくださらなかったらどうなったことか──」


 この日、先行軍として派兵された一軍がヴェスタ王国軍の挟撃により三々五々に散らばりそうだったところ、アインスが率いるダイス領兵が援軍として駆けつけ、たった千のダイス領兵でヴェスタ王国軍一万を打ち破った。

 その一万の王国軍の大半を討ち取ったのがこのアインス・ヴァン・ダイス。

 〝魔法戦士〟という上級職をわずか四歳という年齢で賜った英雄である。

 初陣を飾った十三歳のころから多くの戦争で名を挙げた猛将として知られていた。

 ダイス家は本来〝魔術師〟が代々当主を務めたがこの代は〝魔法戦士〟のアインスが継いでいる。

 帝国の領地拡大政策によって多くの戦地に駆り出されたアインスは、二十歳で妻を娶ったは良いが子はアウルと名付けた男児を一人のみ。

 ほぼ休むまもなく多忙を極め帝国内外構わず西へ東へと帝国軍に従軍して駆け巡るという生活で、妻や子の顔を満足に拝むことがないほどだった。

 今回もそれは同様。帝国の領地拡大政策に則って、帝国軍が編成され、アインスはダイス領軍を率いて帝国軍に従軍している。


「それにしても俺は帝国の犠牲が前提っていう戦略は嫌いだわ」


 アインスは領友の近くで吐き捨てる。


「釣りだしたところを一網打尽にというのは分からなくもないんですが、犠牲になる者を思うと心が痛みますな」

「痛むなんてもんじゃない」


 アインスは立ち上がると領友に命令を下す。


「〝盗賊〟持ちを探してくれ。見つけたら全員、俺のところに連れてこい」

「承知しました」


 アインスは命令を伝えると休むために天幕を後にする。

 領友たちはアインスが背中に背負う幅広の大剣。龍をも倒すと言われるドラゴンバスターを背にするアインスを見送った。


 その後、帝国軍は先行軍を先頭に、その先陣を切ったのがアインス・ヴァン・ダイス率いる千の兵のダイス男爵領軍。

 アインスは〝盗賊〟持ちの奴隷兵を集めると、彼らを先行軍の斥候に抜擢し王国軍の情報収集に当てた。

 これが功を奏し事前に敵軍の状況を知ることでアインスは的確に先行軍を支援し連戦連勝の大撃破劇を繰り広げた。


 そうして一年を経て最終決戦を迎える。

 帝国軍は総大将にバレット皇帝、副将にクレフ・ヴァン・プリスティアを据えて先陣はこれまで先行軍として破竹の勢いで進撃を繰り返した二万の帝国軍とアインス率いるダイス領軍。

 総勢十五万の帝国軍に対し、王国軍は十万の兵力だった。

 戦闘はバレットの号令で始まる。

 後方から魔術師たちによる大量の攻撃魔法が繰り出され衝突する。

 ここまで〝魔法戦士〟として活躍したアインスは先陣の先頭で大魔法を発動。

 王国軍の先陣は焼き払われ一瞬で多くの兵士を失った。


「いくぞぉぉぉおおおおおおッ!!」


 魔法を放ったアインスは呪文を唱えながら馬を駆り、敵陣を抉る。

 背中に背負った大剣で迫る敵兵を殴り倒し、詠唱が完了したら強力な魔法を放つ。

 アインスは魔法を防御する障壁を張り、物理攻撃には装備品や自身の強度を増す魔法を使う。

 これによって敵軍の攻撃を物ともしないアインスは敵軍の多くの将軍を打ち取り次に本陣へと到達。

 アインスを目にしたヴェスタ王国の国王と王太子は剣を抜いて切りかかった。

 しかし、アインスにはダメージを与えられない。

 アインスは王太子を一刀両断にする。

 それからアインスは馬を下りて国王と向かい合う。

 周囲は王国軍の重鎮や近衛騎士と、帝国軍、それにダイス領軍だ。

 互いに武器を構え睨み合っているが、アインスは容赦なく国王の首を横一線して飛ばした。

 ヴェスタ王国はこれで王族の男子が潰える。

 この時、アインスが率いる帝国の先陣についていったバレット皇帝とクレフはアインスのあまりの強さに息を飲んだ。

 この一年。バレットは帝国の侵攻軍の報告が上がっており、使い捨ての先行軍として派兵した奴隷たちや末端の者たちが予想外の快進撃を繰り広げていることを聞いている。

 そこで、この決戦の日にアインス・ヴァン・ダイスが如何なる者なのか見たくてバレットと総大将として王国に乗り込んでいる。

 そこで目にしたのは極大魔法を難なく使い、次々と敵を屠る猛将の姿。自軍の兵からの信望が厚くまるでアインスが主であるかのように付き従い戦う帝国軍を見て、バレットは戦慄を覚えた。


「この者らは朕ではなく、あの男爵への忠誠心で動いておるのか……」


 先行軍は捨て駒。死んで当たり前という状況で皇帝の勅命として戦地に送り込まれ、援軍として寄り添ったアインス率いるダイス領軍が彼らを救い、常勝軍団を築き上げた。

 その彼らを中心に王国軍を撃破し、後方の本軍は戦後処理を行うという、理想的ではあるが帝国としては望まない事態となる。


「あの者はここで始末を着けねば、朕の敵となろう──クレフよ。お前もそう思わぬか?」


 バレットの傍に控える副将のクレフ・ヴァン・プリスティアはバレットの言葉に同意する。


「そうですな。この軍は非常に高いレベルで仕上がっており、その中心にアインス・ヴァン・ダイスが君臨してます。兵士は捨て駒として使った我が国ではなく、あのアインスへの忠誠が高い。この兵たちは誰一人として陛下の御心に従って戦っておりません。故に敵となる可能性も否定できません」

「ならば、ここでやるしかないか」

「そうですな」


 バレットは味方を始末することにした。

 たった一人、多大な活躍をしたために。

 バレットは左腕をあげて合図を送った。

 帝国の近衛兵がバレットを囲い周囲からの視線を遮る。


「クレフ。貴様も唱えろよ」


 バレットは魔道具を使い攻撃魔法を唱える。

 クレフは〝僧侶〟が使える攻撃魔法の中で最大威力のものを詠唱する。

 数分後。バレットが詠唱を終えると再び左腕を掲げて合図を送った。

 近衛兵が道を開きバレットからアインスまでの道筋ができる。


「……死ね」


 バレットはアインスの頭に目掛けて強力な魔法を放った。

 バレットの魔法は勝鬨をあげて帝国の勝利を掲げるアインスと、アインスが手にするヴェスタ国王の頭を撃ち抜いて爆散させる。

 遅れてクレフの魔法がアインスの身体を切り割いた。

 どちらも最大威力の魔法で消費魔力量も尋常ではない。

 魔力を大量に消費した直後に襲う強い倦怠感で、バレットは片膝を地面につき、クレフはその場で俯せに倒れ込んだ。


 その後、戦後処理のためにヴェスタの王城に入ると、まことしやかに耳にする味方殺しの皇帝と侯爵の話がバレットの耳に入る。

 バレットとクレフが英雄アインス・ヴァン・ダイスに向かって魔法を放ったことを見たものが吹聴したのだろう。

 人の口に戸は立てられない。これが十五万の帝国軍に広まり、この十五万の兵士が故郷に戻れば話を吹聴して更に広まるのだ。

 アインスの才覚に嫉妬して危機を覚え手にかけたことは致し方ない。

 バレットはアインスの領軍──領友を呼びつけて、多くの兵士たちの前でこう伝えた。


「ヴェスタ国王と見誤って誤射をしてしまったのだ。許せとは言わぬが理解していただきたい。故にその詫びとして充分な報奨を与えることを検討する。帝城にてアインス・ヴァン・ダイス殿を弔うことにするので、貴様は自領に戻り伝えるが良い」


 領友は涙を流し返事をすることは出来なかった。


『何かあったらアウルを頼んだ』


 そうは言われてはいるが、誤って殺したで済ませて良いものかと悩む。

 しかし、アインスの息子のアウルは父親の偉大さに甘えてか、自身の努力を怠って育ってしまっている。

 領友は泣きながら敬礼で応え、自領に戻るためにヴェスタの王城をその日のうちに発った。

 バレットは去りゆくダイス領軍を見て、ダイス領軍についていった何人もの帝国兵を見て──殺しておいて正解だった、と思う。

 だが、それだけでは周囲への示しにならない。

 悪評は広まるのが早い。だから、早急に魔法の誤謝だったという訂正をしなければならない。

 そして、それに見合う謝罪と報奨が必要だ。


 数日後、とりあえずの戦後処理が終わり気を失ったクレフが目覚める。

 バレットはクレフが回復するのを待っていた。

 皇帝が相談しようとクレフが休んでいた個室に行くと、バレットが話を切り出す前にクレフから話が持ちかけられる。


「陛下。私たちがアインスを討ったことが広まっており、早急に解決を図らなければなりません。私のほうは寄り子の貴族からアインスに攻撃魔法を放ったこと見られておりまして、魔法の誤射だと説明はしたのですが、見たものはそうは思っておらぬようでして……」

「ん。朕のほうも同じではある。朕に直接言わずとも、兵士たちが裏でコソコソと朕と貴様が魔法で殺したと話しているのを耳にした」

「私たちがアインスを殺したという話題を上回る詫びが無ければ多くの兵士は納得しないでしょうね」


 何なら良いのか。

 バレットとクレフは考えが纏まらないまま帝都へと戻る。

 ダイス領はアウル・ヴァン・ダイスが跡を継ぐ。アウルは平凡な〝魔術師〟でアインスほどの求心力も無ければ血気に乏しい。

 領民からの支持は薄く、父親のアインスへの嫉妬心が強いという一面があった。

 偉大過ぎる父親を持ったからか捻くれた性格に育ったらしいとバレットは調書からそう読み取っている。

 帝城に戻り宮殿に向かう途中、バレットはウルリーケ・ヴァン・プリスティアとすれ違う。


「おかえりなさいませ。陛下。この度の勝利、おめでとうございます」


 丁寧に腰を折って頭を下げるウルリーケ。

 プリスティアの聖女と評される容姿はウルリーケのために国が滅びかねないほどの美しさ。

 バレットは息子のラインの后に相応しいと考えて皇太子であるラインの婚約者として迎えている。


「んむ。ユーリもご苦労であったな」

「いいえ。殿下もご一緒で?」

「ああ、ラインは後で戻る。今は急ぎでな」

「そうでしたか──お父様は?」

「クレフは朕と一緒だ。今は所用で外しているがこの後、朕と会議をする」

「承知いたしました。でしたら私、プリスティアに戻るので、お父様をお待ちしますから、お父様との会議が終わりましたらテラスに迎えに来てくださるようにお伝え願えますでしょうか」

「ん。良いだろう。クレフにそう伝えておく。ではな」


 バレットは宮殿の応接室に入り、ソファーに腰を下ろして大きく息を吐いた。


「ウルリーケ・ヴァン・プリスティア──クレフの娘、ラインの妻……」


 声に出して独り言ちるバレット。

 急に何かを思い出したかのように背をもたれたソファーから跳ね起きた。


「これか!」


 バレットは答えを見つけた気がした。


「これしかない。いや、これが最適解か!」


 興奮して立ち上がり机の前をうろうろと往復する。


「ラインとウルリーケの婚約を解消。ウルリーケをアウル・ヴァン・ダイスに嫁がせる。これであれば朕とクレフの両方からの謝罪として受け入れられるだろう」


 バレットはその後、ウルリーケをアウルの下に嫁がせるという話をすると、クレフはバレットの案に同調した。

 これであればダイス領の領兵や領民の叛意を打ち消せるだろうし、ダイス領が蜂起しなければアインスを慕った貴族たちが続くことはない。


「ユーリには申し訳ないが、そうするしかない。そうすれば殺害したことを誤射だったということにできましょう」


 バレットとクレフの間で話が纏まると、二人はラインとウルリーケに誤殺の謝罪の証としてウルリーケを嫁がせることを説明。

 ラインとウルリーケは見知った仲だったがどちらも結婚にはあまり興味が無く婚約の解消にも異存を示さなかった。


 それから、アウル・ヴァン・ダイスを帝城に呼び出し、アインスの論功行賞と誤殺に対する謝罪の証としてウルリーケが差し出され、皇帝と侯爵の味方殺し──英雄殺しの話題は、皇太子の婚約解消と皇太子の元婚約者がかの英雄の息子の妻となったという出来事で押し流される。

 それほどまでにウルリーケという聖女の存在は象徴的なものだった。

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