第15話
ヤマト神話の神々が天孫降臨したところは標高1574メートルの高千穂峰だったが、天父神ランギが地球に再降臨したところはそこよりさらに標高の高いメキシコシティだった。
メキシコシティは核戦争の被害は免れたものの、治安は核戦争以前よりさらに悪化していた。というのも、メキシコ政府および軍が、放射能汚染を恐れてアメリカ合衆国からメキシコ領内へ国境を越えて雪崩込む難民たちの対応に手一杯だったからだ。メキシコの麻薬カルテルはアメリカという最大の顧客を失ったものの、いまだ縄張り争いに暇がなかった。
人間の頭の形をしたランギを見たメキシコ人の中には、インフレータブルバルーン技術を応用して作られたオルメカ文明の巨石人頭像を模した巨大オブジェと考えた人もいたかもしれない。あるいは、コカインが見せた白昼の幻想かと。
だが、ランギは神で、アステカの太陽神同様に、人間の生贄を欲した。
ランギは
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「なかなか出て来ないわね……」
キラウエア火山の展望台で、美登里、アオ、日見子、大熊たちは巨人たちの足跡が途絶えた穴を見守り続けていた。日見子が黄泉平坂と呼んだその穴は、プレート内部を貫いて、マントルの奥深くまで続いていた。いわゆるホットスポットである。トゥ、タウィリ、タネたちはその穴を、マントル・プルームの上昇流に逆らいながら、アセノスフェアというところまで下っていた。日見子のヤマト神話ではそこは黄泉の国と呼ばれ、イザナミが隠れ住んでいると言われている。
お父さんが心配しているだろうし、いったん引き揚げたほうがいいのかしら、と美登里が思っていたところ、西の空から何かが近づいて来るのが見えた。
「何かしら、あれ?」
アオは双眼鏡で近づいてくる何かを見た。それはティキ像――それも頭部だけの像――そっくりの巨大な岩だった。重そうだが、なぜか空中に浮いている。
「イザナギ様だ」と日見子が答えられたのは、それが太陽の中に封印されていた時にその姿を何度も見ていたからだった。
イザナギ――マオリ神話ではランギと呼ばれる天父神――は怒りの形相を浮かべ、雷鳴を烈しく轟かせた。
「お、お怒りのようですね……?」大熊は冷や汗を浮かべて日見子に訊いた。
「お怒りどころじゃないぞ。みんな、逃げろ!」
日見子はぴしゃりとそう言うとすぐさま駆け出し、全員がそれに続いた。
天父神ランギはキラウエア山の火口上空まで来ると、上昇し、その地下に隠棲する最愛の妻である地母神パパと再び交わるために急降下を始めた。それは第二のジャイアント・インパクトであった。その衝突で超音速の巨大衝撃波が発生し、空中に舞い上がった粉塵が太陽光を遮って地球を凍らせ、多くの生命が死に絶えることになるだろう。
と、ホットスポットの穴の中から3体の巨人――トゥ、タウィリ、タネ――が地面を突き破って飛び出した!
巨人たちは各々、腰のあたりに両手を添えて、その手の間に水蒸気を凝集させてH2O分子の球を作ると、それを帯電させて電磁弾に変え、両手で突き出すようにして一斉に放射した。
電磁弾は次々にランギの顔面にヒットし、そのたびにランギが顔を顰めた。
「いいぞ! いいぞ!」と拳を突き上げて喜ぶアオの横で、
「こ、この技、あれに似てる――」
と美登里はうっかり口を滑らせた。気になってアオを見たら、
「知ってる。カメハメハ波だろ?」
「う、うん」
「だけど、ただのカメハメハ波じゃないぞ。超電磁カメハメハ波だぁ!」
巨人たちの攻撃は続いた。しかし、成功は長くは続かなかった。しばらくすると、逆にランギは大口を開けて、飛んできた電磁弾を美味そうに食べ始めたのだ。
「こ、これじゃ逆効果だわ……」美登里は色を失った。「逆に相手にエネルギーを与えてる」
アオは慌てて巨人たちに向かって両手を振って叫んだ。「やめろ! やめるんだ! その攻撃は効かない!」
しかし巨人たちはアオに気づかず、電磁弾を射ち続けた。
「やめろー!」
電磁弾を生む電源は巨人たちの生命エネルギーだった。そのため何十発、いや何百発と電磁弾を放った時、巨人たちはすべてのエネルギーを使い果たし、とうとう石像のように動かなくなってしまった。
「う、うそ……負けちゃったの?」
勝ち誇ったようにランギが高笑いしだした。しかし、次の瞬間、異変が起こった。ランギの右の頬でパチっと火花が散ったのだ。さらに鼻尖、眉間でも。ランギは自分でもわけがわからず、戸惑いの表情を浮かべた。
「ど、どうしたの?」
さらにランギの両目がどろどろと溶けて、血のように赤い涙を流しだした。
実はトゥたちの捨て身の攻撃でランギの体内に過剰な電気が蓄えられてしまったのだ。そのため、神経系に過電流が流れ、あちこちで発熱が生じ、ついには制御不能の状態に陥ってしまった。ランギは喘ぐように口を開けたまま、舌を蛇のように長く伸ばしてアース線に変え、地面に放電しようとした。しかし、これまた制御できず、限界を越えても放電を続ける事態に陥った。ランギの顔は肥え太ったクリムゾン・キングの顔から痩せ細ったムンクの叫びのような顔に変わり、大きさもみるみる縮小した。そして最後には、子供である巨人たちと同じように、体内の電気――生命エネルギーを使い果たし、地上に落下してしまった。
「……終わったの?」半信半疑で美登里が訊いた。
「終わったみたいだ」とアオは答えて、ふ〜うと長い安堵のため息を漏らした。
「巨人の神様たちは、マオリ神話にある通り、人間の味方だったのよね?」
「そうだね。そうでなかったタウィリも最後には人間のために戦ってくれた」
「その通り」横にいた日見子が肯いた。「海幸彦様は心優しき御方だ。お優しいがゆえに、追放されるイザナギ様を不憫に思われ、山幸彦たちと争われた。しかし、イザナギ様が人間ばかりか他の動物たちまで滅ぼそうとするのを目の当たりにして、疑問を持たれた。それで他の兄弟たちと黄泉の国に
「イザナギ様も罪な御方だ」と言って、大熊は石像と変わり果てたイザナギを見やった。それから、ぼそっと、「しかし、なんだな。イースター島のモアイに似てる。ひょっとして、モアイも元は神様だったのかなあ?」
「そうかもな」
と日見子が言ったのに、大熊はびっくりした。「えっ、そうなんですか?」
日見子は何も答えずに、踵を返してその場を去りだした。
「あ、待って下さい。姉御!」大熊は慌ててその後を追いかけた。
火口底の地面が流砂のように四つの石像を地中に呑み込み始めたのはその直後だった。地母神パパとしては、戦い済んで静かな眠りにつく夫ランギや子どもたちの姿が人目に触れるのが忍びなかったのだろう。
「巨人の神様たち、前もこうやって力を使い果たして、地面の下に沈んじゃったのかしら?」
と美登里に言われてアオは肯いた。「そうかもね。そういえば巨人が復活する時、きまって雷が鳴ってたな。そうか、あれで電気エネルギーを得てたってわけか」
「電気で動く巨人の神様って、何だか、ロボットみたいね」
「うん。自律型のロボットだね」
美登里はタネと合体した時に見た幻覚を思い出した。真っ暗な海の中、巨人は自分の指を擦って最初の生物を創造していた。
「ロボットにしろAIにしろ、人間は自分たちの科学で創造したものと思ってるけど、実は逆だったりしてね。金属でできた神様が、自分たちに似せて、わたしたち人間や動物のような生き物を作ったのかも」
「それ、面白いね。その話、ノアおじさんやハマーシュタイン教授にも話してみよう」
「うん」と美登里はにっこり肯いてから、「ところで、巨人の神様とわたしたちっていったい何が違うのかしら?」とアオに質問した。
「巨人って――金属でできてる無機生命体だけど――惑星の誕生から現在まで、電気切れで休眠することはあるけど、とてつもなく長い時間を生きることができる。でも、ぼくたち有機生命体は生きられる時間に限りがある。限りはあるけれど、子孫を残したり、環境の変化に合わせて、魚類・両生類・爬虫類・哺乳類・鳥類と進化したりして、種として長く生き残ることができる。ってことは、個体か総体かの違いなのかもね」
「でも生き物であるのは一緒よね」
「そうだね。次に巨人たちが眠りから覚めた時、人間がもっと進化してて、話ができたらいいね」
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一週間後のことである。ヒロの火山観測所の森園賀津雄とケイ・ギルモアはホノルルにあるパールハーバー・ヒッカム統合基地に呼ばれた。
インド太平洋軍のキース・H・タワーズ中将から、見て欲しいものがあると見せられたのは、真っ赤な溶岩の飛沫を空高く上げる火山の映像だった。黒い噴煙と一緒に、赤い火花――火山雷も光っていた。
「偵察機が撮影した核戦争後のヨーロッパの映像だ。どこだと思うかね?」
とタワーズ中将に訊かれて、賀津雄は即答した。「アイスランドですか?」
「アイスランドではない」タワーズ中将はかぶりを振った。「アイスランドは核攻撃されてない。アイスランドは、太平洋の多くの島国同様に、軍隊を持ってないからね」
「じゃあ?」
「モスクワだ」
「う、嘘でしょ!」ケイが声を荒げた。「モスクワに火山だなんて!」
「ありえないことかね?」
「ええ、通常はありえません」と賀津雄は火山学者として答えた。しかし、娘の言うことを信じる父親としては違った。美登里から聞かされた話から推察すると、これはマントルにいる地母神パパの仕業だ。天父神ランギから奪った膨大なエネルギーを火山活動として発散させているのだ。「しかし、実際にこんな映像があるわけですからありえるわけです。こういう時、私達はいつも自分たちの限界を痛感します。我々はまだ地球のことを何もわかっちゃいないんです」
賀津雄は放射能の専門家ではないが、この噴火で噴出された火山岩が汚染土を覆いつくせば、地上の残留放射能は大幅に軽減されるはずだ。近い将来、ひょっとしたら一、二年後には、モスクワに緑が芽生え、また人が暮らせるようになるかもしれない。いずれにせよ、賀津雄に言えることはーー大地は生きている、ということだけだ。
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ランギの電磁波によって壊滅的被害を受けた国際電気通信ネットワークの復旧にはまだまだ時間がかかるらしく、美登里は日本にいる母親と連絡を取ることが出来ず、気が気でない毎日を過ごしていた。
ハワイには連日、アジアから、核戦争を生き延びた人々が渡航してきていたが、ほとんどが中国人で日本人は少なかった。というのも、日本への核攻撃は限定的で、東京・大阪といった人口密集地は攻撃の対象を免れたからだった。とはいえ、罪の無い多くの一般市民が核兵器で殺されたことに美登里は胸が傷んだ。その中には美登里と同年代、さらに美登里よりうんと若い子供たちも大勢いたことだろう。そう思うとなおさら……。
「神様のランギがやったことだからなあ。自然災害と諦めるしかないんじゃないかなあ」とアオは美登里を慰めた。心からそう思っているわけではないが、噴火、山火事、ハリケーン、津波に頻繁に見舞われるハワイの人間はそうやって悲しみを乗り越えるようにしている。
「でも、人間が核兵器を作らなかったら……」
「そうだけどね」それにはアオも反論できなかった。
潮騒が聞こえる。波がゆったりしたリズムで磯に打ち寄せている。
「ところで――」アオは話題を変えた。「日本にいるお母さんには手紙出したの?」
「ええ、出したわ、船便で。着くのに二、三ヶ月かかるって。返事が戻ってくるのはそれからまた二、三ヶ月後。もう気が遠くなりそう」
「半年なんてすぐだよ」
「すぐじゃないわよ」
美登里は講義の意味で頬をぷくっと膨らませた。
「すぐだって」
「すぐじゃない!」
美登里はちょっとムキになっている。アオはそんな時の美登里のふくれっ面が大好きだ。
「あっ!」
「あっ、て何よ。はぐらかさないで」
「はぐらかしてなんかないよ」と言うなり、アオは波打ち際に向かって走り出した。
「待ってよ!」
美登里はアオを追いかけた。黒い岩場の中に透き通った白砂の潮溜まりがあって、そこに大人向けの浮き輪くらいの大きさのウミガメが迷い込み、ヒレ状の手足で水を掻いて、たゆたうように泳いでいた。
「ウ、ウミガメだわ!」
美登里が破顔して歓喜の声を挙げたのに、アオは笑顔で親指を立てて応えた。
カレンダーはもう秋だったが、ハワイの海と空と空気は、爽やかで気持ちの良い常夏の青色で時間を忘れさせてくれそうだった。
(おわり)
アストロイドX 巨人復活 天空と大地のうた まさきひろ @MasakiHiro
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