Eternal nightmare

譚月遊生季

永遠の悪夢

 鉄錆てつさびの臭いが辺りに満ちている。


 身体の痛みは既になく、今はただ、寒い。

 抱き締めた肌の温もりは既に失われ、青ざめた唇は、もう、何も語らない。


 愛していたのに。

 こんなにも、愛していたのに。


 わたしを離さないで。

 ずっとそばにいて。

 独りにしないで。 


 それができないなら……


 ──俺、出てくよ

 

 わたしを傷つける言葉なんて要らない。

 わたしを傷つけるあなたなんて要らない。


 ──そろそろ、普通に生きようぜ


 うるさい。

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。


 もう、


 どうせあなたもみんなと同じなんだ。

 わたしを愛してなんかくれないんだ。

 わたしを、裏切るんだ。

 わたしはこんなに愛していたのに。

 ずっとずっとあなただけを愛していたのに。

 殺したいほど愛していたのに!


 ……嘘つき。


 口付けは血の味がした。何度も、何度も、何度も、何度愛を囁いても、あなたの言葉はもう返ってこない。

 拒絶の言葉も、別れの言葉も、優しい言葉も、愛の言葉も、二度と返ってこない。 


 足元の血溜まりが広がっていく。

 わたしの血と彼の血が混ざりあって、一つになる。


 わたしは、独りになってしまったのに。


 乾いた笑いが漏れる。

 わたし、いったいどこで間違えたんだろう。

 ううん、きっと、生まれた時から間違えていた。


 ──普通に生きようぜ


 ……普通って何?

 この館の中だけが、わたしのすべて。


 訳も分からず閉じ込められて、責められて、殴られて……それが、わたしの生きてきた時間のすべて。


 ねぇ、普通って何?


 棚に飾られたコレクションが、わたしを見下ろしている。

 たくさんのが、わたし達を見ている。


 だって、お父様が言っていた。

 悪い人を傷付けるとすっきりするんだって、わたしに刃を押し付けてそう言った。

 だって、館のみんなが教えてくれた。

 自分を虐めていた人が、何も話さない、何もできない生首からだになったら、すごく嬉しいって教えてくれた。


 だけど、あなたは違う。

 生首みんなとおなじになったあなたを眺めても、なんにも嬉しくなんかない。


 あなただけはわたしの味方だった。

 あなたはわたしの嫌いな人をみんな殺してくれた。

 あなたは、わたしの欲しがったものをみんなくれた。


 ……どうして?


 わたし、ほんとうは、何が欲しかったの?


 流した涙が、床の血と共に乾いていく。

 黒い染みになって、わたしの身体にまとわりついていく。


 身体は、もう、まともに動かせない。


 力を振り絞って、あなたを抱き寄せた。

 すっぽりと腕の中に包み込んで、これで、わたしのもの。


 もう、わたしの手から離れたりしない。

 もう、わたしが傷付く言葉も話さない。

 もう、二度とはなさない。


 永遠に、わたしのもの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Eternal nightmare 譚月遊生季 @under_moon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ