探検家ロカテリアの旅行鞄【KAC20245】
竹部 月子
探検家ロカテリアの旅行鞄
「探検家ロカテリアさん、残念ながら、
「なんでよ、この村の人はみんな、あんたの仕事なら間違いないって勧めてくれたよ?」
「あなたが身に着けている品は、どれもボロボロです。僕は道具を大切にしない人の注文は、受けないと決めていますから」
「熊みたいな体して、ケツの穴のちっちゃいこと言わないでよ。お金ならちゃんと払うし、買ったものをどうしようがアタシの勝手でしょ?」
「仕事人として価値観が違いすぎるようです、他を当たって下さい」
「会って早々に、相手の価値観なんて分かるはずないでしょう、もっとアタシのことを知ってから言ってよ!」
「では、ここに僕が以前作った古いトランクがあります。これを大切に扱って、三年間旅をしてきてください。合格ならば仕事を引き受けましょう」
「三年? そんな長い期間……うっ、何よその目は。分かったわよ、きっかり三年後に戻って来て、その時には絶対作らせるんだから、おぼえてらっしゃいよ!」
「本当に三年ちょうどですね、拝見しましょう。不合格です」
「ちょ、早いわよ! どこが悪いって言うの?」
「大切に扱えと言ったトランクを、鉄砲の弾避けに使っておいて、何の文句があるんですか」
「それは緊急事態で、仕方なかったのよ」
「残念でしたね、ではそのトランクは回収させていただきます……離してください」
「嫌よ、もう三年ちょうだい、次は絶対ちゃんと使ってみせるから」
「ハァ……では、別の中古品を持ってきましょう。それはもう取っ手が壊れかけています」
「ありがと! 次こそ引き受けてもらうんだからね」
「今回は三年と半年ですね。不合格ですが……大丈夫ですか?」
「うん、分かってたから。
「革をはりなおせばいいだけです。少し時間を下さい、雪崩ということは、雪山に探検を?」
「そうよ! 北境界の最高峰に挑んだの、木が丸ごと氷漬けになっていてね……」
「三年には少し早いですが、いらっしゃい」
「旅程的にこの村に寄れるタイミングが今回しかなかったの、トランクどうかな?」
「この
「うっ。酔っぱらって……派手に転んだ時に」
「最初に尋ねて来てからもうすぐ十年ですね、オマケで合格にしましょうか?」
「やっぱりいい、あと三年ちょうだい」
「ごめん、借り物だったのに……」
「燃えてる建物に取りに戻るなんて、なんて無茶を! その腕の包帯は火傷ですか」
「腕は治るけど、焼けたトランクは……もう戻らない」
「……ロカテリアさん、一つだけ僕と約束してください」
「なに?」
「あなたの命が最優先、道具はその次です。いいですか?」
「でも、道具を大切にしないヤツには、仕事しないって……」
「たとえ焦げたって、これがあなたに大切にされていたことは分かります」
「大切にしてた、してたんだよ……っ」
「はい……はい。もう泣かないで。どんな探検の地へも適応する、一生もののトランクですね。オーダー承りましたよ」
「ほんと?」
「ええ。しかしあなたの旅の話を聞くに、かなりのハードな使用に耐える品でなければいけません。いくつか都合してほしい素材があります」
「何でも採ってくるよ!」
「金属部品だけは自分で見極めたいので、できれば現地へ同行させて下さい」
「…………! うん、どこに行く? どこにでも案内する!!」
「ねぇ、道具を大切にしない人にはカバンを売らないって、やっぱり職人の
「いいえ。昔あなたが言った通り、売った品はお客様のものです。僕の手から離れた後は、どうなってるかなんて分かりません」
「じゃあアタシにだけ特別、意地悪を言って依頼を受けてくれなかったってこと?」
「そう思いますか?」
「思う。だって誰に聞いたって、気のいい腕利き職人で、依頼を断られるなんて聞いたことが無いって言われるもの」
「嬉しい評価ですね」
「あの人に断られるなんて、一体どんな頼み方をしたんだって、毎回お説教されてきたんだから」
「道具を大切にしない人は、長生きしない。僕はそう思っています」
「……うん、それは、分かってきた気がする」
「だから、その
「どういうこと?」
「さて、そろそろ作業の邪魔ですよ、寝てください」
「素敵、これがアタシのために作られたトランクなんだね!」
「探検家ロカテリアの旅の供にふさわしい、僕の最高傑作だと保証します」
「ありがとう、どこに行く時もこのトランクをはなさないで旅をする。毎晩抱いて寝る。アタシの相棒で、宝物だよ」
「……それは、光栄ですね。長いこと、この村に立ち寄って下さってありがとうございました」
「どうしたんです、トランクに不具合でも?」
「何、その顔。用がなくちゃ寄っちゃいけないかい? 三年ごとにここに立ち寄る習慣がついてて、無意識に旅程に組み込んでたんだよ」
「若いうちに悪いクセをつけてしまいましたね」
「全くだ、そんなことよりこの前に立ち寄った町でね……」
「これ、あんたの仕事に使えるんじゃないかと思ってさ」
「寒くなってきましたから、北へ向かうならお気をつけて」
「聞いておくれよ、アタシをすっかりババア扱いなんだから最近の若いモンはなってないよ」
「そろそろ革紐を交換しておこうかと思いましたが、必要無い。本当に大切にされていて嬉しいですよ」
「あんた……死ぬのかい」
「はい。祖父も父も同じ病で逝きましたから。この症状が出たら、あと半年です」
「
「なんて顔をしているんですか、らしくもない」
「アタシのこと、一体何だと思っているのさ」
「僕は旅をしているあなたが好きです、足かせになるくらいなら、半年より早く死ぬかもしれませんよ」
「どうして……どうしてそうアタシにだけ、いつも意地悪を言うんだい?」
「ふふふ、聞いたらがっかりして僕のことを嫌いになりますよ」
「そんな、かよわい
「好きな子に、意地悪して気をひきたかった。はじめは、ただそれだけだったんです」
「馬鹿……。違うよ、全然、意地悪なんかじゃなかったよ」
「僕はこの村で生まれて、カバンを作って、この村で死ぬ。なのに今、まるであなたと一緒に、世界中を旅してきたような心地でいるんです」
「あんたのトランクは肌身離さず、どこでも一緒だった。ふたりで旅したのと、おんなじさ」
「ロカテリアさん。これからも
「…………喜んで」
探検家ロカテリアの旅行鞄【KAC20245】 竹部 月子 @tukiko-t
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