クイズ王ヤザワ
朽木桜斎
クイズ王ヤザワ、現る――!
「たの~も~う」
「あ、クイズ王ヤザワだ!」
せっちんは下校中の住宅街で、クイズ王ヤザワに遭遇した。
彼はクイズを出したくて仕方がないという承認欲求に敗北して魔堕ちした無職の中年男だ。
ファイナルファイトの主人公・ガイのような外見だが、腰より少し上にタイトな腹巻を身につけている。
最近代謝が悪くなってきていて、特に腸が弱いのだ。
通行人を無差別にクイズで襲うことで、ちょっとした有名人なのである。
もっとも、物理的に相性のよろしくない者が通りすがると、すぐに隠れてしまうのだが。
「せっちん、勝負しろ~」
「うん、ちょうど暇だったからいいよ~」
せっちんは近所に住む小学生の女の子だ。
賢く機転も利くので周囲からは「カミソリ」の二つ名で愛されている。
愛犬の名は「ツメエリ」といった。
彼女は学帽を脱いで戦いに備える。
「お~し、じゃあ行くぞ~」
「どんと来い!」
ヤザワはニヤリと笑った。
「ずばり、君は弟である……!」
このように理不尽な問題を出してみせた。
「せっちんは女の子だよ~」
「ほう、では答えは?」
「いいえ!」
「ぶぶぅ~っ!」
「え~っ!?」
「この世に弟以外は必要ないのだぁ~っ!」
ヤザワはひとりっ子だったので、弟が欲しかったのだ。
しかし家庭の事情で二人目はなかった。
日本社会の縮図のひとつと言えよう。
「ふふふ、俺の~、勝ちだ……!」
彼は華麗に指をかざした。
「負けちゃった~、さすがはヤザワだよ~」
せっちんは素直に引き下がった。
頭がよいだけではなく、性根がやさしいのである。
「じゃあヤザワ、わたしは行くから。またクイズ、出しにきてね~」
「ああ、うん……」
彼女は学帽をかぶりなおし、とっとことっとこと向こうへ歩いていく。
ヤザワは思った。
せっちんだけだよ、こんな俺につきあってくれるのは……
彼はひそかに涙した。
夕日が赤く沈んでいく。
人生は果てしなく続く問題集だ。
クイズのように答えはない。
そんなことを考えながら、クイズ王ヤザワは岐路についた。
次の日。
「ヤザワ~っ、今日はわたしから問題だ~っ!」
珍しくせっちんが先攻になった。
「ほう、面白い――!」
ヤザワは上着を脱いだ。
だがけっこう寒かったので、すぐに着た。
「ふいてもふいても取れない汚れってな~んだっ!」
意外にもクイズらしい、いやトンチ問答のような内容だった。
「う~ん、なかなか難しいな……」
ヤザワは柄にもなく頭を使った。
しかしまるでわからない。
何かを比喩しているのであろうことは想像がつくのだが。
「う~む、降参。俺の負けだ、まるでわからないよ~」
「やた!」
「答えはなんなの?」
「それはね」
「うん」
「心の汚れだよ」
「……」
「ヤザワ、つらいのはわかる。でも、いつかは踏み出さなきゃならないんだよ? 大丈夫、わたしがついてる!」
「う……」
「今度いっしょに、ハローワークに行こう!」
「うわ~ん!」
ヤザワは泣いた。
一生ぶんくらい泣いた。
こんな俺に?
こんな俺によりそってくれるのか?
せっちん、君こそが人間だ……
「しゃぶしゃぶおごるから元気を出して!」
こうして二人はファミレスへと向かった。
数か月後、クイズ王ヤザワは業務委託契約でオンラインの家庭教師になった。
のちに事業化し、大儲けとは言わないが、それなりに楽しく暮らしたという。
せっちんほうはというと、大学生時代に氷河期世代を救うためのスタートアップを立ち上げ、比較的早い段階で上場に成功した。
こんなどうでもいい文章を書いているわたしは?
下を見てごらんなさい、そこにいますから。
(終わり)
<作中テーマ曲>
「交響曲 第9番」 グスタフ・マーラー作曲
<おすすめ音源>
クラウディオ・アバド(指揮)
グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団
https://www.youtube.com/watch?v=tkChdHBuoiQ&t=494s
クイズ王ヤザワ 朽木桜斎 @Ohsai_Kuchiki
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