第4話 カチュカレーは最高!
時々、自分が何のために戦ってるのか、わからなくなる。
戦災孤児出身で天涯孤独。恋人も財産もなし。
もとより、この命ひとつより大切なものなんて、この世にはない人間だ。
だから、獰猛な魔物に囲まれて、命を危険に晒して戦っていると…時折、自分が何のために戦ってるのか、わからなくなる。
今回の魔物の大量発生地への派遣討伐任務は、正直、今こうして命があるのが不思議なくらいの激戦だった。
そんな戦場に立つと、つい考えちまう。
俺は、一体何のために戦ってるんだろう?って。
おっと、いけねえ。酒が入ったせいか、つい湿っぽいこと考えちまったな!
「あいよお、カチュカレー、大盛り!おまちどうさん~!」
「みんなあ、おまたしぇね~」
厨房の奥から、料理の載ったワゴンを押してあらわれた、これまたギルドマスターと同じくらい屈強な、陽気な大男。
灰色の肌をした鬼人族のこの男は、このギルドの食堂を取り仕切る、料理長のダンさんだ。
もともと、ギルドマスターとパーティーを組んでいた一流の冒険者だったらしいが、冒険生活の中、料理の世界にのめりこみ、料理人になるために冒険者からは足を洗っちまった、ちょっと変わった御仁だ。
なぜか、ラキちゃんはそんな大男の後ろ首に肩車され、悔しそうにほっぺをふくらませながら、ポコポコとダンさんの後頭部を叩いている。
例のぷにぷにしたちっちゃい手だから、ぜんぜん痛そうじゃない。
いや、むしろ、ダンさんはそんな妖精ちゃんが可愛くてしょうがないって、嬉しそうな顔をしている。
「んもお~!ボクにもはこべりゅのに~!」と可愛らしく抗議している所を見ると。
ラキちゃんが大盛りカレー10皿を自ら配膳しようとして、それはさすがに危なっかしいからダメだ、と料理長に止められたらしかった。
…まあな、ラキちゃんは魔法を使って運ぶとはいえ、結構傍から見てると、一生懸命すぎてハラハラするもんなあ。(意外と安定感あるんだけどな)
「うっひょ~!!待ってました!」
「きたきたきた、カチュカレー!」
「これよ!もう、俺あ、こないだからこれをどれだけ夢に見たことか…!」
三杯目のエールとともに、俺たちの前に待望の『大盛のカチュカレー』が配膳された。
たまらないスパイスの、食欲を掻き立てる香り…!さっきから店内は、この腹ペコ泣かせな香りでいっぱいだが。
…実際に目の前に置かれてみると、その破壊力は段違いだった。
「うっ…うまそう~…」
「こ…これが…!」
「なんてたまらない香りなんだ…」
隣町からきた若手たちは、初対面のカチュカレーの魅力に抗えないらしい。ごくりと喉をならし、飢え切った猛獣のような目で皿を見つめている。
ふっくらツヤツヤに炊きあげられたライスという白く小さな穀類。その上に、見事な厚切りのゴールデンポーキー(黄金色の体毛をもった、巨大な豚の魔物)の肉に、さっくりとしたコロモを纏わせて香ばしく揚げたものがドドンとのせられ。仕上げに、たまらなく刺激的な香ばしい香りのするこっくりとした褐色の具だくさんなシチューのようなものがかけられている。
これこそが、毎週金の曜日にだけ供される、この街の冒険者ギルドの名物料理、『カチュカレー』だ!
「たーんと、めちあがれ~!」
「「「「「「うおおおお、いただきます~~~!!!!」」」」」」
望むところだ!
ラキちゃんの可愛らしい号令とともに、俺たちは、スプーンを掴んで一斉にカチュカレーの皿に挑みかかった!
まずは…このライスの上でででんと王様のような貫録でふんぞり返っている、ゴールデンポーキーの揚げ物…『カチュ』からだ!
スプーンひとつで食いやすいように、あらかじめ切り分けられている。
そのひと切れをカレーソースとともにスプーンですくい、もどかしく口に運ぶと、がぶりと食らいついた!
サクサクッ…ジュワーッ…!!
まず、香ばしくサクサクに揚げられたコロモのクリスピーな歯ごたえ。そして、噛みしめるとアツアツの肉汁がほとばしって、思わず鼻の孔を広げながら、ハフホフと熱を逃がしながらほうばる。揚げたてなのが嬉しい!
ゴールデンポーキーの肉は柔らかくジューシー。そのほのかに甘みを感じる脂のうま味が、香ばしいコロモと…カレーのスパイシーでコク深い、ガツンと来る風味とタッグを組んで攻め込んできた!!
たまらず敗北し、エールを流し込む俺たち!
「…はああ…うまいぃ…」
至福の表情でため息をつく。
基本的には商売柄、負けたら死に直結する俺たちは、負けるなんてことは絶対にゴメンだ。
ただ…こんなにうまいものになら…全敗でも悔いはない!むしろ大歓迎だ!
心の中でギルドマスターに感謝しつつ、エールのお替りを注文した。
そして、次はおもむろに、カレーのたっぷりかかったライスに…ごろごろ入った具材のうち、ポテトを選んで、共に口の中に放り込んだ。
鼻を抜ける、大量に入れられた複数のスパイスの絶妙なハーモニー!噛みしめるごとに甘くなるライスの風味が、カレーのうまさをガッツリとナイスアシストで盛り立てる!そして、ホクホクに煮込まれたポテトが、濃厚なカレーにバッチリあう!そしてこれがまた、家庭の味ってのを経験したことがない俺でも、なんだか懐かしいような、ほっこりする味なんだ…。
ああ…俺、カレーの中のゴロゴロしたジャガイモ、大好きだ…。
「はああ…かあちゃん…!」
ルーキーたちのひとり、魔法使いのあんちゃんが、鼻や目元を赤くしてかっこんでいる。
…わかるぜ、なぜかちょっと、里心がくすぐられる味だよな。
にこにこと、その場に残っていたラキちゃんが、うれしそうにみんなを見回して、ときおり「おいちぃ?」とすぐそばの席の奴にこっそり聞いたりしている。
ラキちゃんは、俺たちが美味しく食ってる顔を見るのが、大好きらしい。可愛い。
「ラキちゃん、今日のカチュカレーは格別に美味しいよ…!」
「大変だっちゃのねえ…いっぱいおきゃわり、あるかりゃねえ」
ラキちゃんは母親みたいなやさしい目で俺たちがカレーをかきこむのを見守り、泣いている若手のやつの背中を、ちっちゃい手でなでなでしてやっている。
なんでこのちっちゃいこに、母性など感じるのか、我ながらわけがわからないが。ラキちゃんが伝えてくれた、妖精の国のメニューだってうわさのうまい料理と、ラキちゃんの存在に、俺たちが癒されているのは確かだ。
「あにょにぇ。辛いのちゅきなちと、この『とくしぇいウマ辛ハラペーニョソース』を足して食べちぇね~」
ラキちゃんが、ちっちゃいガラスのボトルに入った、真っ赤な液体をコトリとテーブルの中央に置いてくれた。
「とっちぇおき、よお~」といって、短い人差し指をフリフリしながら、へたっぴなウインクをしている。どこで覚えて来たんだ、そんな変なしぐさ。
ハラペーニョソース、ということは、この真っ赤なソースは唐辛子の調味料だろうか。見るからに、辛そうだ。
カレーは、今の辛さでも十分に旨いが、多分万人受けするようにだろう。比較的辛さは控えめだ。
俺らの仲間の中でも、特に辛い料理を好むやつが、一番にソースに手を伸ばした。俺もものは試しと、ほんの数滴垂らして、カレーに混ぜて食ってみた。
迷いはねえ。ラキちゃんの作るもんは、うめえ!!
「うっおおお!!!これはっ!?」
「ぜんぜん違う!!」
食った瞬間、目を見開いた!ほんの数滴垂らしただけなのに、辛さが増して、しゃきっとうまさにさらに芯が一本通ったみてえに、整った!
それに、これは…辛いだけのソースじゃねえ!
「うめえ…なんだこりゃ、唐辛子の香り?旨み?」
「ああ、…よくわからねえが、辛さだけじゃなくて、深みが増して…うまさのグレードがぐんと上がる感じがする…!」
この唐辛子のソースを入れると、カレーがさらにうまくなるぞ!…まあ、辛さは好みがわかれるかもしれないが。
俺は断然、入れる派だな!!
「ラキちゃん、なんだいこれ~!入れるとめっちゃ旨くなる!」
「スプーンがとまんねえよお!」
がつがつ夢中でかき込む俺たちを見て、ラキちゃんはバラ色のほっぺをさらに血色よくして、口元を手でおさえながらかわいらしく笑った。
「ふふふっ…。チョイ足ち、よ~!」
「ちょい…たち?」
分からん!だが、入れるとうめえ!!!
俺たちは考えるのを放棄し、全身で極上の飯とエールの無限ループを堪能した!
頼むのを躊躇していたはずの隣町のルーキーたちも、それはそれは幸せそうに、ほっぺをわんぱくなガキみたいにパンパンにしてほうばっている。
…時々、自分が何のために戦ってるのか、わからなくなる。
本気で愛した女性の両親に挨拶に行ったら、冒険者だって理由で結婚を激しく反対されて…あんなに愛し合ってたのが嘘みたいにアッサリフラれた。
近隣の街の住人の生活を守るためにって名目で、こうして魔物の大発生のたびに命をはって戦ってても、いまだに街の食堂で入店を拒否されることがあるし…冷めた飯を出されることもある。
周りの大人の態度を見て、虐げていい人間だって思っちまったのかな。スラム街のガキに、石を投げられることもある。
…もちろん、そんなやつらばっかりじゃねえけどよ。
戦場で何のために、誰のために戦ってんだ?って思ったら、浮かんでくるのはそんなやつらの顔ばっかりでさ。いやになっちまうよ。
だけど、こうしてここでうまい飯を食ってると、そんなのがバカバカしくなる!
何のために戦ってるか、わかんないだって?…へっ、そんなの、決まってるじゃねえか。
俺は、うまい飯を食うために戦ってんだ!文句あっか!ってな!
「ラキちゃん、おかわり~!」
「おれもおれも!大盛で~!」
「あ~い、おなかいっぱい、たべちぇね~!」
にぎやかなギルドの食堂に、今日も野郎どもの元気なお替りコールと、ラキちゃんのかわいらしい声が響くのだった。
うーん、やっぱり、カチュカレーは最高だぜ!
最強ギルドの、妖精ちゃん! @haiji_yuuhi
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