第3話 冷えたエールとくんたまちーじゅ
「は?え?あのふんわりちっちゃい妖精が…?」
「この世界最強のギルドを、最強にしている?」
「い、意味がわかんねっす…!」
俺たちが面白がってにやにや見守るなか、ルーキーたちはぜんっぜん意味がわからねえ!っていう顔で、豆鉄砲くらったクルッポ鳥みたいな顔してやがる。
まあ、わっかんねえだろうなあ~。あの愛らしいふわふわ妖精ちゃんと、強さのイメージが結びつかねえんだろう。
「まあまあ、いろいろ説明するより、実際に見て、食った方が早ええや!…ほら、おいでなすったぜ!」
「ひゃっほ~!待ってました!」
俺たちが熱く期待して見つめる先に、魔法の力でふよふよとエールの樽ジョッキを浮かせて、じたばたと空中を泳ぎながら急いで戻ってくるラキちゃんの姿が。
おいおい、一生懸命だな。その動きをすると、少しは早く飛べるのかね…?
「あ~い、おまたしぇね~。ちゅめたいエールでしゅ!」
目をキラキラさせた、乾ききった野郎どもの前に、なみなみと注がれ、うまそうな泡をあふれさせた極上の飲み物が置かれた。
「しょれと、あい。これ、おちゅまみ!ボクからサービシュね~。できたて、ポクポクよ~」
サービスのおつまみだと、ラキちゃんがエールとともに持って来てくれたのは、大皿に乗せられた、よくわからない茶色い一口サイズのコロコロして丸っこいもの。…なんだこりゃ?
「あ、あの、ラキちゃん…さん?これって、なんですか?」
お、ルーキーが勇気を出して聞いた。ナイス。
「くんたまちーじゅ、よ~」
また急いで厨房に戻っていこうとするラキちゃんが、さりぎわに料理名らしきものを教えてくれたが、聞いてもさっぱりわからなかった。
なんだ、くんたまちーじゅって。なんだか気の抜ける響きだ。
皿をよく見ると、それは茶色く染まった…一口サイズの茶色い球状のものと…もう一つは、同じく茶色く染まった…ニワトリの卵の、ゆでたものか?よくわからないが、とんでもなく香ばしい香りが漂ってきて、たまらねえ!
「いいから飲もうぜ!みんなジョッキ持ったな?…かんぱ~い!!!」
「「「「「かんぱあああああい!!!!!」」」」」
はやる気持ちに急き立てられるまま、俺たちは冷えたジョッキの中身を、乾いた喉に、いや肉体に、流し込んだ!
マジでこれ、凍る一歩手前なんじゃねえのか!?って思うくらい、キンキンに冷やされた極上の飲み物が、深い甘み、コク、さわやかな苦み、芳醇な香り…舌とのどをくすぐる炭酸の泡を伴って、さ~っと体にしみこんでいく!…その、瞬間のうまさ、爽快感といったら!
「っくうううううううぅ!!!うんめええええええっ!!!」
「っかああああ、こたえられねえ~!!!」
「っくはああああああ、マジで、疲れぶっ飛ぶうう!!!」
全員が口のまわりにエールの泡をヒゲみたいにくっつけながら、至福の表情でため息をついた。
いやいやいや、この依頼達成後のエールの、一口目に勝る美酒が、この世にあるかよ?
「っ…!?冷たい!?」
「こんなに冷たくてうまいエール、生まれてはじめて飲みました!」
ルーキーたちも、ジョッキの半分ほどを豪快に飲んで、目をまんまるにして感激している。
「まあなあ、こんなに冷やしたエールが飲めるようになったのも、ラキちゃんのおかげなんだぜ!」
「…ええっ…?」
「エールってのは、常温で飲むのが普通だろ?このあたりでも、それが常識だったんだが…ラキちゃんが絶対冷やした方がうまいって言いだしたらしくてよ。実際にやってみたら、これがもう絶品!大流行よ!」
あんな見た目がいとけない幼児なのに、酒についての流行を生み出したっていうのがピンと来ねえんだろう。
いぶかしげにエールとラキちゃんを見ているルーキーどもはほっといて、俺たちは競うようににラキちゃんのおつまみに手を伸ばした。
ラキちゃんの作るもんは、うめえ!このギルドに所属してる奴なら、誰でも知ってる常識だ。
まずは…この、トリの卵からだな!
俺は、迷わずたまらねえ香りのする、茶色い卵にかじりついた!
途端に鼻を抜ける、スモーキーな香りの奔流!そして、黄身の部分は絶妙な半熟の仕上がりだ。心地よい塩気とともに、口の中で濃厚なうま味を纏った新鮮な卵の風味が爆発した!
無意識に、エールをあおる!
ぐびぐびと喉を鳴らして、濃厚なうまみの余韻の残る舌を、エールがさっぱりと洗い流すのを楽しむ。
「っはあ、うんめええええっ!なんだこりゃ、ゆで卵って、こんなに旨かったか?」
「こりゃ、卵を燻製にしたもんか…!」
燻製。これも、ラキちゃんが広めた調理法だ。
香りのいい木材のチップの煙で、食材を燻して香ばしい香りをつけ、うまみを凝縮させたもの。
冒険者の多いこの街では、携帯食の保存法の一つとして重宝されている。…が、まだ、この街の外では一般的ではないのだろう。普通は、建材を燻して虫よけにするぐらいがせいぜいだ。食材を燻すっていうのがイメージしにくいんだろう。
「おいおいおい、こっちのも食ってみろよ!やべえぞ!」
促されて、俺はトリの卵じゃねえほう…飴玉ほどのサイズの、小さい茶色い塊も口に放り込んでみた。
さっきと同じように、まず鼻を抜ける、スモーキーな燻製の香り。そして、噛みしめると、ミルキーな風味と深いコク、絶妙な塩気。すさまじい旨味。そして、あらびき黒コショウの鮮やかな風味と刺激が、ピリリと舌の上に広がって…
ぐびぐびぐびぐび!ぷはああああ…!
俺たちは、たまらず、エールを煽っていた。
これは…チーズを燻製にしたものか…!
しかも、これは…チーズそのものも、ラキちゃんが作った「プロセスチーズ」というものだろう。
それまで、街で流通していたチーズは、もっと塩気と癖が強く、日持ちのために固く乾燥させたハードタイプのものが中心だった。
あれはあれで、独特のうま味とクセがあって、そこがまた酒に合う。
ただ、クセの強さは好みがわかれる。俺は大好きだが、苦手な人間も沢山いるだろうし、加熱しても柔らかくなりにくく、料理にも使いにくいと、ラキちゃんは嘆いていた。
そこで、チーズ工房と相談して、まろやかでクセと塩分が少なく、やわらかい数種のチーズをブレンドしたチーズをわざわざ、作ってもらったらしい。
なるほど、この燻製にしたチーズには、このミルキーなチーズがぴったりだ。混ぜ込まれたあらびきの黒コショウが、また泣かせる。
それにしても、ラキちゃん…あんなに小さいし、お酒なんて飲んだこともないはずだ。
それなのに、こうも酒飲みのツボをおさえてくれているのが、不思議でたまらない。
が、まあ、今はそれどころではない。
ぽかんとして、つまみとエールを交互に楽しむ俺たちを見ているルーキーに、俺は親切にも声をかけてやった。
「どうしたお前ら。食わねえなら、全部食っちまうぞ?」
ルーキーの分なんておかまいなしに、どんどん皿に手を伸ばす俺たちの勢いに、慌てて参戦するルーキーを見て、笑いながら俺も再び争奪戦に加わったのだった。
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