第2話 おちゅかれ!

 チリチリと、おもちゃみたいな魔法のステッキの先についたベルをごきげんに鳴らしながら。

 ちっちゃい1~2才ぐらいに見えるふわっふわの金髪のカーリーヘアの幼児が、これまた、冗談みたいにちっちゃな妖精の羽根をパタパタさせて、ニコニコと登場した。


「えっ…?えっ…?なに?」

「妖精…?」


 あんぐりと口を開いたまま驚くルーキーたちを置いてきぼりにしたまま、俺たちはその小さく愛らしい存在に、ごつい拳をそっと近づけた。


「ラキちゃ~ん!ただいま~!やっと帰ってこられたよ~!」

「ラキちゃんのおまじないのおかげで、生きて帰ってこれたよ~!ありがとう!」

「ラキちゃあん、お腹すいたよ…!」


 そんないかつい野郎どもの拳に、ちょん、ちょん、とちっちゃいぽよぽよの拳で、やさしくグータッチを返してくれながら、ラキちゃんと呼ばれた妖精は、キャッキャと笑った。


「みんな、ほんちょに、おちゅかれたま~!今日は、みんなのだいしゅきな、『カチュカレー』がありゅよ!」


 おおおお…!野郎どもが、うれしそうに身を震わせている。

 「かちゅ、かれー?」と初めて聞くらしい隣町の若手たちは、ピンと来ないらしく首をかしげている。


「パッパ…ギルドのましゅたーが、今日はみんなの分おごりゅよ~!って!おなかいーっぱい、たべちぇ、のんでね!」


 おおおおお!と雄たけびが大きくなる。


 なんと、粋なはからいで、今回の討伐に参加した俺たちの今晩の飲み食いは、この妖精の保護者…冒険者ギルドのマスターのおごりという事らしい。ありがてえ!


「まじかよ!うおお、マスター最高!」

「ほんちょ!ほんちょよ~!」


 ラキちゃんは、うん、うん、と可愛くうなずき、何かを思い出したのか、クスクスと口元をおさえ、ほっぺを膨らませて笑った。


「パッパ、みんながちんぱいで、無事に帰ってくりゅってわかったら、泣いちぇたの!」


 ぶふぉ!

 あのコワモテのおっかねえギルドマスターが、俺たちを心配して、無事の帰還を喜んで泣いていたって?意外過ぎて、誰かが噴き出して笑うのが聞こえた。

 まあそう、笑ってやるなって。ああ見えて、うちのマスターは優しい男なんだぜ。


「こおら!このチビすけ!」

「ふにゃっ?や~あぁ!」


 噂をすればなんとやら、だ。

 後ろからぬっとあらわれた、傷だらけの悪鬼のようなご面相の四十がらみの大男…このギルドのマスター、グレゴリオが、でっかい手で妖精ちゃんの後頭部をもっふりと掴む。

 捕まえられたラキちゃんは、「はなちて~!」と、どこかうれしそうにじたばたとしていて、可愛らしい。


 「グレゴリオさん!すんません、報告にもいかず、まったりしちまって」


 俺たちが一斉に席を立って頭を下げたら、いかつい顔をくしゃり、と優しく笑み崩して、グレゴリオはいい、いい、ともう一方の空いてる手で着席を促してくれたので、恐縮しつつ座らせてもらった。


「みんな、ご苦労だったな!想定以上に魔物たちの数が多く、過酷な戦いになったと聞いている。本当によくやってくれた!」


 相変わらずの男らしい、腹に響くような低いイイ声でグレゴリオがねぎらう。


「詳しい報告は、明日でいいぜ!先行のやつからあらかたは聞いてるからな。今日は俺のおごりだ!存分に飲んで食って、ゆっくり休んでくれ!…今日は『カレー』の匂いがすげえからな。みんな誘惑に抗えんだろう。…じゃあ、ご苦労さん!」


 ラキちゃんをそっと優しく放し、茶目っ気たっぷりに、ウインクして去っていくマスターに口々に礼を言って見送る。

 ルーキーたちが、少年みたいに憧れに目をキラキラさせて、「かっこいい…!」と言っている。わかるぜ、男がほれ込む男っていうのかな。カッコイイよな。


「もうっ、セットが、くじゅれちゃう…」


 ぷりぷりと怒りつつ、掴まれて乱れたらしいカーリーヘアをととのえながら、ラキちゃんが気をとりなおして向き直った。


「それじゃあ、みんな、ご注文どうちまちゅか?キンッキンにちゅめたいエール、いるちと~!」

「「「「「はあああああああああああい!!!!!」」」」」


 一斉に、全員の手があがる。口を開けてラキちゃんを見ていたルーキーたちも、条件反射のようにして即座に手をあげていた。


「あい、エールじゅっこね。…じゃあ、カチュカレー、食べるちと~?」


「「「「はあああああああい!!!!大盛で~!!!!」」」」


 戸惑った顔のルーキーが手をあげるのを躊躇したので、目くばせで挙げとけバカ!後悔すんぞ!と促したら、これまた全員が手を上げた。


「おおもりも、じゅっこね~。ありがとお~。ほかにご注文は~?…ない?じゃあ、まずそれだけ、もってくりゅね~!」


 ぽよぽよのおててで、ちっちゃい熊さんの顔の描かれた可愛らしいメモに、真剣な表情で注文をとっていくラキちゃん。

 なんと、ステッキのお尻の部分がペンになっていて、きゅっきゅっとなにやら一生懸命に書いている。


 そして、比較的すばやく厨房に飛んでいくと、またかわいらしい声で、注文を伝える声が聞こえた。

 ああ…俺たちは、帰って来られたんだなあ。あの魔物だらけの地獄から。

 その平和な光景に、俺たちはあらためて、無事に帰れた幸福を噛みしめた。


「…えっ…。えっ…?なに、あれ…?」

「えっ…?ウソ、妖精さん…?」

「ガキの頃、絵本でしか見た事なかったぞ?現実に本当にいるんだ…!」


 初めて見た妖精の存在に、絵に描いたようなおきまりのリアクションをしてくれるルーキーたちに、つい俺たちは面白くなってにやける口元を抑えられなかった。


「お前ら、妖精を見るのは初めてか?そりゃあ、いい経験ができたなあ!」

「この辺りじゃあ、有名な話なんだぜ?我が西の要衝、エレンウォードには、凄腕の強者たちが揃う世界最強の冒険者ギルドがあり…」

「その世界最強のギルドを、最強たらしめているのは、このギルドを守り、支えてくれる…妖精ラキアちゃんの存在あってこそ、なんだぜ!」


 「「「はあああああ?」」」


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