だからその手を離して

目々

繋いだ■なら離せない

 捨て子だったかな、それとも迷子だったかな。家出中の女子高生だったかもしんないし、不良グループの下っ端小僧だったかもしんない。親が帰ってこなくなった小学生だったってのも聞きましたし、家に居場所がなかった中学生だったってのも一応ありました。

 とにかく誰かしらがよくない死にかたをしてて、それが……のさばってる? だかさまよってる? みたいな具合の話なんですよね。


 何の話だって、俺が行ってきたとこの話です。

 こないだ言ったじゃないですか、友達が馬鹿みたいに家賃安いとこに引っ越して、近所に曰く付きスポットとか事件現場とか事故現場がいっぱいあるとこだから大変だねっての。先月の仕事帰りに飲んだときに話しましたよ、ほら駅前の小料理屋が潰れた後に入った創作居酒屋、店名がひらがなで隠れ家的とか紹介文に書いてあるから絶対ろくでもないって二人して行ったじゃないですか。全然普通で拍子抜けしたやつ。そんときに金のない友達の話をしましたよ、俺。八海山飲む前に。先輩が日本酒飲み比べセット頼む前でしたから、お互い比較的シラフだった頃なんで、聞いてないってのは通らないですよ。忘れたってのはまあ、雑談なんで仕方ないですが。とにかく俺は言いました。


 そんで今日の午後、その金なくてすごいとこ住んでる友達んとこに借りてた漫画返しに行ってて、先輩と家飲みの約束が夜だったからその家から直に来たんですよ。あいつんち、周辺環境に目瞑れば広くて静かで暖房完備なんで最高なんですよね。エアコンがちゃんと最新のやつだし。あとあいつめっちゃ漫画持ってるから、居ようと思えばいくらでも居られちゃって。友達つきの漫画喫茶って最高じゃないですか。


 あれですね、完全版に手出したのがまずかったっていうか。

 まだ時間あんなって読んでたら、思ったより夢中になって気づいたら先輩との約束に遅れそうな状況になっちゃって。

 いやまあ、店の予約とかなしに家飲みだし、連絡入れれば先輩そんなに気にしないだろうなってのは思ったんですけど。やっぱ駄目じゃないですか、約束の時間守んないのって。人として。借金と遅刻は打ち首獄門だって俺家で習いましたもん。遅れるくらいなら一時間前に現地入りして暇してろって教わりました。待たせるより待つ方が気楽なんですよ、俺としては。罪悪感って自分で持つより人に持たせた方が面白いじゃないですか。


 で、頑張って友達の部屋をおいとまして、エレベーターも何か上階から全然降りてこないから待ってらんなくって階段降りて、友達に言われてたから玄関ホールの端っこでぶっ倒れて天井見てる人のことは見ないふりして建物出て。あ、その人別に幽霊じゃないんですって。そういう人なんだそうです。マンションの管理人も把握してるそうなんで、大丈夫なやつです。許可取れてる不審者って何て呼ぶべきなんでしょうね。


 そんで、近道したんです。

 途中で児童公園あるんですけど、そこの中突っ切ると先輩んちまで早いんですよ。つうか迂回すると時間がかかるっていう方が正しいんですけど。


 で、その児童公園がね、駄目なんですよね。

 最初に言いましたけど、そういうところなんで。よくない死に方をした子供がいるっていう話のある、いわゆる心霊スポットです。本当に誰か死んだかってのは、案の定よく分かんないんですけど。

 ただ、ちょっと聞いただけでも噂が色々あり過ぎる感じなんで、俺としてはどれが本当かってのはもうどうでもいいんじゃないかなって思いますけどね。

 鉄棒に破片つきの髪の毛がぶら下がってたとか、砂場に耳が埋まってたとか、滑り台のとこにすっごい血と体液の跡だけあったとか。

 そんな噂が山程あるってだけでそもそも論外じゃないですか。火のないところに煙は基本的には立ちませんし、煙が立つ時点でなんかしらの何かはあるんじゃないかなって思いますよ。そりゃあ火種から寄ってくるっていうのもないわけじゃないですけど、そういうのは例外でしょ。頻度っていうか割合の問題っていうか、そういう感じの。


 んで、公園なんですけど。

 噂はいっぱいあるんですけど、起きることは決まってるんですよね。

 そこの公園に行くと、手を掴まれる。見ると、子供がいる。あっけに取られて見ていると、そいつが言うんだそうです──「離さないで、今度は置いていかないで」ってね。

 嫌ですよね、今度はってあたりが以前を匂わせてすごく嫌。置いてったやつがどうなったかも何となく考えちゃうのが更に嫌ですよね。絶対ろくなことになってなさそう。


 で、掴まれたんですよね。

 人がいないからざかざか歩道走ってたら、いきなり後ろに手引っ張られて。走ってる人間に手出すやついんのかよってびっくりしてたら、噂通りに子供が手掴んでるんですよ。俺の腰ぐらいまでしかない背丈で、短い腕をにゅうっと伸ばして。顔が見えないんですよね、また。めちゃくちゃ地面見てるんですよ、首がくんって前に倒して。後頭部の髪の長さがばらばらで、まともに切ってないなって思いました。


 そんでやっぱり噂通りに言うんですよ、はなさないでって。ご丁寧に喋ってる最中にぎゅうっと手に力入れてくるんですよ、だから爪が食い込んで痛かった。


 必死なんだなってのは分かりましたけど、だからって困るんですよね。

 だって俺はそもそも約束があるわけだし、そうじゃなくてもずっと公園にいるわけにいかないし。片手は自由だったんで頑張ればスマホで警察呼べましたけど、こんなことで呼んでいいかどうかも分かんないし。子供に手掴まれて困ってますって通報したら、すごい怒られる気がするじゃないですか。

 だから、とりあえず手振り払うのもかわいそうだし、かといって立ち止まってるわけにも行かなかったんで、掴んだまま歩いたんですけど。


 ほら。

 手首ですよね。持ってきちゃったっぽくて。


 や、さすがに玄関先でこれ見せたら先輩卒倒するかなーって思ったし、今みたいに叫ばれたら近所迷惑っていうか騒音トラブルで苦情来ちゃうじゃないですか。だからほら、いい感じに腕後ろに回したり、鞄に腕突っ込んでたりしてたんですけど。今はほら、テーブル挟んでたから机の下に。先輩が机の下覗いたりしたらヤバかったですけど、普通はそんなことしないだろうなって思ってましたし。実際しませんでしたし。ね?

 よく無事に来れたなっていうのは、まあ。

 でも意外と見ませんもん、人の全身なんて。だって俺ちょっと前のバイト帰りにダッフルコートのお姉さんに花屋の方向聞かれて、多分あっちじゃないですかね駅ありますしみたいな適当な返事してからお役に立てなくてすんませんって頭下げて見送ったことあるんですけど、どう考えても右手に提げてたの中華鍋だったなってお姉さんが見えなくなってから気づきましたし。一応帰り道に交番に話しておきましたけど、警察官の人もちょっと困ってました。俺も困りましたけど。でもあんまり剥き身で持ち歩かないじゃないですか、中華鍋。結構使用感ありましたし。凶器かっていったら微妙なとこですけど。でも多分殴られたら痛いですよ、鉄鍋ですし。


 いや、まあ。

 先輩が怒るっていうかビビるっていうか、まあそんな風になんのも分かりますけど。

 そもそも持ち出せるなんて思わないじゃないっていうか、この状況は予想できなかったっていうか、要は俺あんまり悪くないやつじゃないですか、これ。


 言っちゃ悪いですけど、この手のやつって基本は場内限定じゃないですか。公園が縄張りなら、そこから外には出ないっていうか。お皿数えるお菊さんだって、あれ確か井戸でしたよね。でも出るのは特定のお屋敷の井戸だけで、水脈伝って色んなとこに出たって話はないでしょう。遊園地だってお高いところはそんな感じじゃないですか。園内限定、外出たかったらちゃんと手続きするか諦めてもう一回券買ってね、みたいな。

 公園の噂だってあれですよ、公園の中で手掴まれてはなさないでって言われて子供がってやつなんですから、じゃあ公園だけで完結すべきじゃないですか。


 普通に俺が出られちゃったのもおかしいし、手首だけついてくるのもおかしいんですよ。どっちか駄目にしとくべきなのに、なんか……無理が通っちゃったから、こんなことになってる。


 いや、出られなかったらすげえ困ってたわけですけどね。でも怪談話のパターンとしてはそういうもんじゃないですか。こう、後味悪い系のホラードラマだとお化けに気に入られて永遠の鬼ごっこみたいなオチがつくやつ。当事者になったらめちゃくちゃ嫌ですけど、話としてはそっちの方が鉄板じゃないですか。

 こんな風に手首ぶら下げて歩く羽目になるなんて思ってませんでしたからね。嬉しいわけないでしょう。蝉の抜け殻なら拾ってちょっとは嬉しいですけど、人間のパーツ拾って喜んでたらそいつろくなもんじゃないですよ。

 子供まるごとついてきてたらそれはそれでどうだったら……まあ、別の方向で困った気はしますけど。通報されまくるやつじゃないですかね。誘拐とか未成年者略取とかそんな感じで。そういう交通標識みたいになっちゃいますから。俺子供いるような歳じゃないですし、どう頑張っても不審者ですよ。


 で、とりあえず今現在の問題として、どうしますかねこれ。

 何で俺に聞くんだったら、他の人に話せるわけないじゃないですかこんなの。そもそも誰に話せばいいんですか。先に言いますけど友達には話せませんからね、あいつただでさえ金ないし会社とか実家の方でも色々あるとかで悩んでるしで、頼むから俺にこれ以上怖いことを話さないでくれって言われてますからね。俺としても困るんですよ、あいつんち出入りできなくなったら。まだ漫画読み切ってないですし。あと二巻で終わるんですよ寄生獣。

 ちゃんとした代案もないのに拒否するのはよくないって、先輩いつも言ってるじゃないですか。言いたかないですけど、まず先輩の家に行こうとして急いだ結果でもあるんですよ。先輩にも一抹の責任ぐらいはあるんじゃないですか。そりゃ公園突っ切ろうとしたのは俺ですけど。突っ切りましたけど。約束の時間にはそこそこ余裕をもって間に合いましたけど。そうなんですよ、思ったよりかかりませんでした。


 あ。

 いや、ほら。見てくださいよ。動くんですよこれ。


 そんで見れば分かると思うんですけど、離してくれないんですよね。手単体なのに、掴む力が凄いんですよ。俺より握力ある感じっていうか、なんかこう、こうやって明るいところでじっくり見ると、これ子供の手じゃないっぽいっていうか──だってしょうがないじゃないですか、そんなもん連れて来るなって今更言わないでくださいよ。

 そもそも俺玄関で追い返さなかった時点で、きっともう手遅れですって。入り込まれちゃってるわけですから、俺にも、これにも。おまけに話まで聞いちゃったんですから、尚更。


 だから、先輩。

 飲みながらでいいんで、一緒に考えてくださいよ。何なら今日のピザ代、割り勘じゃなくて俺が全額出しますから。手付金ってわけじゃないですけど、頼みますって。困ってるんです、本当に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だからその手を離して 目々 @meme2mason

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ