つないだ手

ゆかり

時は流れる

「はなしてっ! は、な、し、てっ!」

 航太こうたが繋いだ手を離せと暴れる。だが、離すわけにはいかない。数日前もこのスーパーで迷子にしたばかりだ。

 去年の今頃は手を離すと怖がって泣き出したくせに。


 人混みの中を駆け出すと、私の足では追いつけない。敵は素早く小さいから人と人の隙間を上手に駆け抜けて行く。私はたちまち見失う。

 迷子になるだけならまだいい。迷子センターの人達は親切だ。例え心の中で『また貴方ですか』と思っていても。

 それより怖いのは連れ去りや誘拐。ケガや事故。一人でスーパーを出て車道に出たらと思うとゾッとする。

 もしも今、航太が死んでしまったら私は生きていけない、きっと。


 子供用カートにおとなしく乗っててくれたら良いのだが、航太はどうも他の子に比べて好奇心旺盛な人間のようだ。気になるものを見つけると直ぐに走り出す。


 とにかく繋いだ手を離さないようにするしかない。これは航太の命綱だ。

 だが、航太はその手から逃れたい。自由に走り回って見て触って納得したい。それは分るし、そうさせてやりたい。だけど、航太よ。命あっての物種だよ?


 他のお母さんたちはどうしてるのだろう? そう思ってあたりを見回すが、子供のタイプが違う。カートに乗っておとなしくしてる子が大半だ。たまに走り回っている子もあるが、航太よりは三つ四つ上だからある程度自分で危険回避は出来そうだ。


 余談だが、私の母は昔、生まれて数か月の私の弟を乳母車に乗せたまま商店街に置き忘れた事があったという。身の毛のよだつ話だ。

 弟は道行く人々にあやされて機嫌よくしていたらしいが、さすがにおかしいと思った顔見知りの商店街の人が届けてくれたそうだ。のどかな時代だったのか、たまたま運が良かったのか。それにしても、母よ。


 まあ、次元の違う母の話は置いといて今の私の最大の課題は、航太の好奇心を満たしつつ、その安全も確保する事だ。

 子供の成長は早い。今の悩みも実は一瞬だ。そしてまた次の悩みに突き当たる。




 そんな時代もありました。

 今は、私が航太に手を引かれて歩いています。

「かあさん。そっち段差があるから気を付けて。手をはなさないでね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

つないだ手 ゆかり @Biwanohotori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ