はなむけ
季節は春を通り過ぎ、毎日暑いくらいの日差しが注ぐ。しかし、鬱々と
KOUJI、治療が終わるまで待てなかった堪え性のない私を赦して欲しい。しかし、厄払いにも等しい行為を終え、スッキリとした気持ちで今日という日を迎えることができた。
ドアを開けて家の外に出ると、最近隣に越してきた若者達を見かけた。「キングスマン」になる前の不良少年エグジー (タロン・エガートン)のような恰好をした若者2人に、軽く頭を下げる。
反応のない若者に、ハリー (コリン・ファース)のように「Manner maketh man.Do you know what that means?Then let me teach you a lesson.(礼節が、人を、作る。どういう意味か分かるか?君達に教えてあげよう)」と、傘を振り回したい気持ちを抑え、歯医者への道をゆっくり歩く。
既に5分ほど予約の時間を過ぎている。遅刻魔の私が人様に礼節を説いている場合ではないのだ。
遅れたことを詫びながら、診察台に上がる。青いマスクをしてやってきたKOUJIの眩しい笑顔。この無邪気な笑顔も今日で見納めなのね。
奥歯の尖った部分を削り、穴埋めをしていくKOUJI。流れるような手捌き……とまではいかないまでも、滞りなく治療を終え、KOUJIはマスクの奥で鼻を啜った。私との別れに涙ぐんでいるのかしら……。
「これで治療は終了です。2ヶ月くらいの間隔で検診に来てくださいね。お疲れ様でした」
終了、終了!お疲れ様、お疲れ様でした!ああ、その言葉をどれだけ渇望していたことか!
こんなにも長い間、1人の男性のことを深く考え続けたのは初めてよ、KOUJI。2ヶ月後の私の記憶に残っているかどうかは怪しいものだけど。私達のすれ違いの日々は今日で本当に終わり。
今までありがとう。そして、さよなら。
私は身も心も解放され、ゆったりと深呼吸をし、外の暖かい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。ネモフィラ、スミレ、パンジー、猫除けのペットボトル、ツツジ、道すがらの花々は咲き乱れ、私の門出を祝福しているようだ。
私は薬局に立ち寄り、ちょっとお高い「歯周病予防・薬用歯磨き粉」を買って、足取りも軽く家路を急ぐのだった。
完
KOUJI ~愛とすれ違いの日々~ 鳥尾巻 @toriokan
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