終わりの始まり

 院内スピーカーから軽快な16ビートの曲が流れていた。昨夜から降り続いていた雨は止み、雲の切れ間から光が差している。


 私はキリコに第3診察室に通され、診察台の上に上がり、期待に胸を躍らせながらKOUJIの訪れを待っていた。通院を始めてからゆうに2か月。長かった。今日、経過観察の結果を聞けば、治療は終了だ。


「こんにちは~」


 KOUJIはマスクの下に、にこやかな笑みを浮かべ、診察室に入って来た。ああ、この笑顔を見るのも今日で最後。私もにっこりと微笑み返しながら挨拶をする。


「噛み合わせはどうですか?」

「大丈夫です」

「痛みなどは……」

「大丈夫です」


 気がはやり、幾分KOUJIの言葉に被せ気味になってしまったが、その言葉に嘘はない。もう、気を遣って片側だけで噛まない生活は快適そのものである。


「では、お口の中見て行きますね。歯石も取りましょう」


 ええ、最後だし存分にやってくれればいいわ。キリコが私の顔にタオルを被せ、KOUJIが歯の具合を確かめ、丁寧に歯石を取り除いていく。私は完全にリラックスして、彼の手に全てを委ねる。

 しかし、そろそろ処置も終わりに近づいた頃、KOUJIが不穏な声を上げた。


「あ……」


 なに?その「あ」って。私は嫌な予感に震え、タオルの下で眉をしかめた。


「右側の下の奥歯が上の親不知が抜けた後の歯茎を刺激してますね。ちょっと削って丸くしないと、歯茎を傷つけて歯周病を助長する恐れがあります」

「はあ……」


 キュイーンという音が響き、下の奥歯の尖りが削られる。それ自体はすぐ済んだので、私は胸を撫でおろした。

 その後、KOUJIは上の奥歯の歯茎に尖った機械をねじ込んで、歯周病予防の処置を施していく。仕上げにフッ素を塗り、治療は終了した。

 

 やったわ!とうとう終わりなのね!今までよく頑張った!

 私は自分を褒めてあげたい気持ちで、背中を押し上げる電動の椅子から降りようとした。


「はい、お疲れ様です。今日はこの『超音波治療器』で、歯周病菌の動きを鈍くしました。あと、下の歯を少し削ったので、詰めます。


 は?来週……だと……?キサマ、治療を終わらせる気あるのか?

 ( ゚д゚)ハッ! いけない。ショックのあまりお口が悪くなってしまったわ。


 その後、KOUJIは歯周病菌と生活習慣病の因果関係について10分くらい講義し、超音波治療器の素晴らしさを語り、数ヶ月に一度のケアを勧めてきた。

 しかし、精神的打撃を受けている上に、冗長な説明は聞き流してしまう私が、それを脳内に留める訳がない。私は口元に笑みをはりつけたまま、相槌を打つフリをするのが精一杯だった。


 歯科医院の外に出ると、少し強い風が吹いていた。先週、満開を迎えた桜の花は、今週中には散り敷いてしまうだろう。治療終了の願掛けの為に切らずにいる前髪が、桜舞い散る春の風に乱される。私は髪を押さえ、雲の切れ間の青空を見上げた。


 美容院に行くのはもう少し先になりそうだ。


つづく……



おいいいいいい!!!!(;゚Д゚)

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