シークレットボイス

黒宮涼

シークレットボイス

 超有名歌い手グループが解散した。というニュースを目にしたのは、帰宅するために乗った電車の中だった。

 それまで私はそのグループを知らなかったため、あまり驚きという感情が沸いては来ず、「こんなグループあったんだ」という感想を心の中で述べてすぐにスマートフォンの画面を右手の人差し指でスワイプした。

 別のニュースを見ながら、ふと「歌い手ってネットで活動してるから、顔を隠している人がほとんどだしな」と思い、画面を戻す。先ほどの歌い手のニュースが、なんというか、気になったのだ。

 興味本位という言葉が正しいのかもしれない。私は、歌い手グループの名前を検索してしまった。

「Flower」という名前のグループは、数年前から動画配信サイトで活動している個人の歌い手(歌ってみたなどの動画を出している人たちの総称)たちが集まってできたものらしく、配信サイトを検索するとグループのチャンネルがすぐに見つかった。

 動画のサムネを見ていると、歌い手たちが色々な企画動画を出していた。体は映っていたが、顔の部分だけはそれぞれのをイメージしたであろうイラストで隠されていた。しかしグループが解散する数日前で、動画の更新が止まっている。

 私は帰宅してから、チャンネルの動画を新しいものから順に見ていく。活動期間が四年あるわりには、動画数が少なかった。個人での活動のほうが多いのだろうと勝手に推測する。

 そして私は、動画を見ているうちに気づいてしまった。


 ――この人がつけている腕時計。見覚えがある。


 ベッドの上に寝転がりながら、私は思わず画面を凝視していた。

 黒い、ごつごつした感じの腕時計だった。最近、高校で腕時計を使用している人は少ない。スマホで時間を確認できるというのが大きな理由だと思う。

 だからこそ、使っている人は目につく。

 それから彼の声だが、明らかに聴き覚えがあった。

 どうして今まで気づかなかったのか。と言われてしまうかもしれないが、私はそっち方面には疎いのだ。


   *


 隣の席の如月くんは、いつも近寄りがたい雰囲気だった。席替えして、もう一週間が経つのに、私は一度も彼とはなしたことがない。

素行が悪いとかそういうことはないが、如月くんは無口でつり目のためか、怖い人。という印象がついてしまっていた。

 如月くんの声を聴けることは、正直に言って滅多にない。クラスの男子とはなしているときでさえ、あまり口を開かない。

 しゃべるのが苦手なタイプなのかと思っていたのだが、もしかしたらそうではないのかもしれないと思えてきた。

 あの動画の彼が、如月くん本人なら、の話ではあるが。

 私は決してミーハーな奴ではない。と思っている。隣の席の男子が、元有名歌い手グループのメンバーかもしれない? そんな偶然あるはずがない。そうは思っていても、一度気になってしまっては、確かめたいと思うのが、一般人なのである。


   *


 動画を見た次の日、私は如月くんの腕時計を確かめるようにじっとみつめていた。やはりどう見ても同じ時計だった。

 次に如月くんの声をちゃんと聴くためにはどうしたら良いのか、私は考える。

 如月くんと仲の良い男子が、如月くんに話しかけに来ないかなと思うが、こういうときに限って誰も来ない。

 散々迷った挙句に、私はつい「如月くん」と、本人に声をかけてしまった。


「何?」


 低音の澄んだ良い声が、返ってきた。

 自分の身体が風船みたいに、ふわふわと浮く感じがした。

 そして思わず聞いてしまったのだ。


「如月くんて、歌をうたってる?」


「は?」


 帰ってきた返事は、その一文字だけだった。

 如月くんは鞄を持って教室に入ってきたばかりだったので、席に座るなりそんなことを質問してきた奴に半ば呆れている様子だった。

 そのまま私から視線を外し、鞄の中から筆箱やノート、教科書を取り出していた。

 しまったー! と、私は思った。

 聞くにしたってもっと良いタイミングがあったはずだった。しかし、どうしても我慢できなかったのだ。

 泣きそうになりながら、「変なこと聞いて、ごめんね」と謝って、読みもしない一限目の数学の教科書を広げて顔を隠す。

 そして、早く先生来てと思いながら、自分の発言に反省した。


「別に、誰でも歌はうたうでしょ」


 ふと、如月くんがそう言った。

 私は顔を上げて、如月くんのほうを見る。


「そ、そうだね」


 私は誤魔化すように、笑いながら言った。

 その日、それ以降は如月くんとはなすことはなかった。

 真実がどうであれ、如月くんのことを、誰か他の人にはなすこともなかった。

 ただ、その日以降。私は、如月くんが他の誰かとはなしているところを見ると、そわそわするようになってしまった。


 ――はなさないで。


 とてもおこがましいが、そんなふうに思うのだ。


 







 






 









 




 




 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シークレットボイス 黒宮涼 @kr_andante

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ