なれそめ
まなつ
(お題:アジュールブルー、ダンス、白い小石)
ダンスをした相手の顔を忘れることがあるとは、思ってもみなかった。
その日、自分はしたたかに酔っていた。それでいて、自棄にもなっていた。言い訳をさせてもらえるならば、「彼女」以外の女性のことなど、目に入らない状況だった。ただ、強烈に覚えていることは――
「彼女は青っぽいドレスを着ていて、耳飾りとネックレスは、白い小石のようなものだったと思われます」
「白い小石っておまえ……、たぶんそれ、パールなんじゃないかな」
「自分に女性の装飾品に関する詳細を求められても困ります」
「ああ、そうだったな。剣ひとすじ、浮いた話もないおまえに、女性のことを聞いた俺がバカだった」
「そう思われるのでしたら、もう開放していただけませんか」
「ダメだよ。何としてもその女性を特定して、花束でも送らなきゃ非礼にあたるぞ。部下想いの俺が協力してやると言っているのに、肝心の本人が非協力的でどうする」
ダンスをした女性に後日花束を贈るのは、「またお会いしたい」の意だと思っていたが、非礼にあたるとは思いもしなかった。自分はそのあたりの付き合いには疎い。これもまた、社交術のひとつなのだろうかと、顔の広い上司を見て考える。
顔が広いとは言っても、相手は金髪碧眼で眉目秀麗な近衛隊長。本人がどう思っていようが人は集まってくる。当然、女性の「友人」も多い。無骨が服を着ていると言われる、叩き上げの剣士の自分とは真逆の人間である。
「それでね、俺の友人たちに情報収集をお願いしたところ、青いドレスの女性は4人にまで絞られた」
「はあ」
「まず、公爵家の御令嬢の、フランソワ・ロレーヌ嬢、アリシア・カンテミー嬢。それから、伯爵家のリリアーナ・ダンジュー嬢、あとは男爵家のマリア・ウィンター嬢かな」
「はあ」
「はあ、じゃないよ。名前に聞き覚えもないのかい?」
「そうですね。顔も名前もほとんど覚えていません。身長は自分の胸元あたり。あとは花のような香りがしたことくらいで……」
「それでは特徴にならないな。副隊長ともあろうものが、人物の特定もできないほど酔っていたなんて。何か相当嫌なことでもあったんだろうね?」
「面目ありません」
きっと上司は、自分が酔った理由を聞こうと話の水を向けてくれたのだろう。だが話す気などなかった。浮いた話もないと言われていた自分が、失恋のショックで浴びるほど酒を飲んだなどとは。口が裂けても言えるわけがない。
その日は、王太子殿下の姉君の婚約披露の宴であった。姫は気位が高いと言われる女性だったが、ゆえに気高く、王族としての責務を全うするだけの気概を持った方だ。だからこそ、婚約者も王である父君の選んだ、国にとって利益のある相手と決まっていた。
「おめでとうございます」
「たいへんに美しい」
それまで姫君の陰口を叩いていた貴族たちも、この日は口々に彼女を褒め称えた。国の繁栄のために己の身を差し出した彼女を悪く言うことなど許されない。姫君の心の内まではわからぬが、その日の彼女も凛と美しく、気高い姿は女神のように見えた。
それは、遠くから見守るだけの恋だった。最初から出る幕などなかった自分が、それほどまでにショックを受けるなどとは、思ってもみなかったのだ。これはただ相手の幸せを願うような、穏やかな感情だったはずだ。それなのに、なぜ。どうすることもできない感情を、酒で紛らわせようとした。不甲斐ない。当時の感情が呼び起こされる。ふと、自分の脳裏を、女性の声がかすめた。
『私たち、似た者同士なんですね』――切なげに笑う声と、花の香り。酔った熱い身体に触れた、ひんやりとしたやわらかな手。胸元を飾る白い小石。青空のような美しいドレス。
「……まぁ、そんなこともあろうかと思ってね、ドレス生地のサンプルを借りてきた。この中に、おまえが見たものと同じ色はあるかい?」
さすがは近衛隊長である。準備がいい。ずらりと並べられた青色の中に、さきほど蘇った記憶の青を探す。それは青空のようでいて、海のようでいて、強い色ではなく、どこか落ち着いた、やわらかな青だった――
「…………おそらく、これです」
「アジュールブルーのドレス! マリア嬢だな!」
善は急げ、とばかりに上司に急かされ、彼女に花を贈ったのが始まりだった。
やはり、ダンスをした翌日に女性に花を贈るのは「また会いたい」「あなたのことが気に入った」という意味だと知ったのは後のこと。なぜか上司によって取り付けられたデートの日、似た者同士と言った彼女の真意を聞いた。彼女もまた、あの日あの場所で恋を失っていたのだ。自分からの花束にたいそう驚いたそうだが、失恋をした者同士、気楽な付き合いができればと言った泣き笑いの顔が、忘れられなくなった。
図らずも、上司にすら隠した己の弱みを、彼女にだけ見せてしまったのは、なぜだったのか。彼女は最初から自分にとっては気安く、心穏やかに接することができる女性だった。二度目の恋は緩やかに育ち、そして失うことなく花開き、実を結んだ。
それが、自分と妻のなれそめである。
なれそめ まなつ @ma72
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