何故彼女が目の前に

三鹿ショート

何故彼女が目の前に

 私のことを呼び出した友人は、怯えた様子だった。

 どのような用件かと問うたところ、友人は周囲に目を向け、他者が話を聞いていないことを確認してから、

「彼女の姿を見たのだ」

 その言葉に、私は首を傾げた。

 彼女が姿を現すわけがないと、理解しているからである。

 何かの見間違いではないかと告げると、友人は首を左右に振った。

「あの顔、あの服装は、確かに彼女だった」

 冷や汗をかきながら、友人は引きつった笑みを浮かべている。

 私は友人の肩に手を置くと、

「おそらく、きみはあまりの疲労によって、幻でも見ていたのだろう。息抜きをすれば、そのような幻を見ることもなくなるに違いない」

 友人は納得したような様子を見せたわけではないが、首肯を返した。

 その後、友人は身体を震わせながらも、私と共に食事をした。

 そのことで、多少は気が楽になったのか、帰宅する頃には落ち着きを取り戻したように見えた。

 だが、数日後、友人は背の高い建物の屋上から落下し、生命活動を終えた。


***


 友人が落下したという建物は、友人の自宅とは正反対の場所に存在している。

 用事でも無ければ足を運ぶことはないその場所に花を置いた後、私は屋上へと向かった。

 友人が落下してから今日までの間に雨が降ったこともあり、現場には何の痕跡も無かった。

 自らの意志でこの場所から飛び降りるほどに、友人は追い詰められていたのだろうか。

 そのようなことを考えながら自宅へと向かう途中で、私は何者かの視線を感じた。

 振り返るが、私以外には誰も存在していなかった。

 気のせいかと思い、その場は深く考えることはなかった。

 しかし、寝室から外の景色を眺めていたとき、私は何者かが此方を見ていることに気が付いた。

 その人物は、私の自宅の近くに存在している電信柱の陰から、私を見ていたのだ。

 その姿を見て、私は驚きを隠すことができなかった。

 何故なら、その人物とは、彼女だったからである。

 何かの見間違いではないかと目を擦ったが、彼女の姿が消えることはない。

 だが、友人にも告げた通り、彼女が姿を現すことは無いはずである。

 正体を確認するために、自宅を出、くだんの電信柱に向かったが、既に其処は無人だった。

 もしかすると、友人が彼女を見たという話は、事実だったのではないか。

 そのように考えたが、私は即座に思考を霧散させた。

 この世を去った人間が再び姿を現すことは無いからである。

 おそらく、友人は罪の意識に苛まれた結果、存在していない彼女の姿を見ることとなったのだろう。

 では、何故私もまた、彼女の姿を見たのか。

 自分では分かっていなかったが、彼女に対する罪の意識を感じていたのだろうか。

 しかし、それこそ、ありえない話である。

 私は、彼女の呼吸が止まるその瞬間まで、愉しんでいたからだ。

 後悔を抱くとするのならば、彼女を殺めてしまったことで、同じような快楽を得ることができなくなってしまったということだろう。

 ゆえに、私が罪悪感から彼女の幻を見ることはないのだ。

 それならば、何故彼女の姿を見たというのか。

 正確には、彼女の姿をした人間である。

 そのことに注目したことで、私は、とある人間の姿を思い浮かべた。

 その人間が、私と友人に対して、何故このような行為に及んだのか、様々な理由を考えた後、自身がどのような行動に及ぶべきなのかを決めた。


***


 山奥で穴を掘り、埋まっていた骨を集めていたところで、背後から足音が聞こえてきた。

 私は振り返ることなく、相手に告げる。

「やはり、彼女が埋められている場所が知りたかったのか」

 私が彼女の頭蓋骨を手に振り返ると、其処には彼女が立っていた。

 だが、其処に立っている彼女は、彼女ではない。

 私が彼女の妹の名前を呼ぶと、相手は驚いたような表情を浮かべた。

「分かっていたのですか」

「報復するような人間として思い浮かぶ相手は、きみくらいのものだったからな」

 彼女が妹を溺愛し、妹もまた彼女のことを愛していたことを、私は知っている。

 同時に、そのような関係ならば、常日頃から我々が彼女に接触していたことを知っていただろう。

 だからこそ、姉である彼女が行方不明と化すと、我々のことを疑ったに違いない。

 しかし、幼い自分では我々に太刀打ちできないことを理解していたために、妹は己が成長するまで待ち続け、そうしているうちに、自分が姉に似てきたことに気付くと、その姿を利用することを決めたのだろう。

 自身が殺めた人間が姿を現せば、本当に殺めたのだろうかと確認するために、埋めた場所へと向かうだろうと考えたに違いない。

 私の推測を耳にすると、彼女の妹は首肯を返した。

「追い詰められたあなたの友人が、自らの意志で飛び降りたときには驚きましたが、自分の手を汚さずに報復することが出来たと思えば、爽快な気分でした」

 彼女の妹は私に向かって手を差し出すと、

「姉を返してもらいましょうか。言っておきますが、既に通報はしてありますから、逃げようと考えても、無駄な行為ですが」

 そのように語る彼女の妹に向かって、私は頭蓋骨を放り投げた。

 突然の行為に驚いた彼女の妹は、慌てながらも頭蓋骨を手にすることに成功したが、それは誤った行動だった。

 彼女の妹は、自身の腹部に深々と刺さった刃物を目にすると、その場に倒れた。

 息も絶え絶えである彼女の妹を見下ろしながら、私は告げる。

「捕まると分かっているのならば、抵抗するつもりはない。捕らえられるまで、きみの肉体で愉しむとしよう」

 自分が標的と化すとは考えていなかったのか、彼女の妹は目を見開いた。

 私が近付いて行くと、彼女の妹の震えは増していく。

 その怯える姿は、姉によく似ていた。

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