1-9 純白の少女

「くそっ、なんだってこんな目に……」


 表通りから外れてゴミ袋が散乱する裏路地へと入ると、すぐ後ろで、ビルの間をうようにして飛行する警察車両パトカーがサイレンを鳴らしながら通り過ぎていった。かろうじて追手を撒くことはできたらしい。

 散乱するゴミに足を取られながらも、裏路地の奥へと進んでいくうちにスペードはよろよろとした動きで壁に寄りかかり、やがて重力に引かれるようにして座り込んだ。


 繁華街の裏路地というだけあって、表通りからは人々の雑踏や喧騒がうっすらと聞こえてくる。スペードは持っていた銃痕の残るスーツケースを地面に置くと、ようやく荷物を降ろせたとばかりにため息をついた。


「散々だ。今日は本当に、散々な日だ……」


 スペードはうなだれながらも懐から外付け用の排熱ガジェットを取り出して、熱を帯びた肺熱器官を冷却すべくガジェットへと口をつける。だが、スペードは小指がないせいかガジェットをうまく掴んでいることができず、ぽとりと地面に排熱ガジェットを落としてしまう。

 二度目のため息をつきながらも、スペードはふと、キャリーケースの金具へと視線が引き寄せられた。キャリーケースには貫通こそしていないものの、何カ所かにべコリと凹んだ銃痕が残っていた。


「……あっ」


 その瞬間、移動用のキャスターがバキリと破損し、立っていたケースがガタンと地面に倒れた。その拍子に完全にコンテナが開いてしまい、ケースの中身が露わになってしまう。スペードはとっさに目を背けたものの――このままでは運ぶことすらままならないことに気づき――仕方ないとばかりに後頭部をがりがりとかいた。


「あー、まあ、中身が見えちゃったのなら、仕方ないよな……」


 うわごとのような言い訳を並べながらも、スペードは好奇心にそそのかされるようにしてケースの片側を開けた。直後、手に真っ白な糸のようなものが絡みつき、スペードはそれを訝しむような目で見た。


 ケースに入っていたのは、何か肌色をしたものだった。


 嫌な予感がした。スペードは慌てて手についた糸のようなそれを注視して、遅まきながらそれが髪の毛であることに気がついた。最初は何かの機械装置かと思っていた。だが、よく見るとシリコン製の肌で覆われた金属骨格は、紛れもない義体者のように――


「女の子……いや、これは……」


 関節を外し、手足を折って最小限に収納されたそれは少女型の機械人形アンドロイドだった。

 直後、それはまぶたを開けてぎょろりと眼球を動かし、こちらを感情のない二つのレンズで凝視してくる。それは、ぽきぽきと関節を元に戻しながら、ゾンビのような動きでケースから這い出る。

 スペードは、アルビノを思わせる純白の少女を知っていた。


「軍事用、アンドロイド……」


 スペードは戦慄した。自分が運んでいたものの正体が、ここまで厄介ごとに巻き込みそうなものだとは想像もできなかったからだ。せいぜい、亡命を希望していたどこかの資本家の娘の脳核くらいだろうと。

 そのとき、ちょうど裏路地から向かいにあるビルの外壁に埋め込まれた大型の街頭モニターから、中華料理屋で見たものと同じニュースが流れ始める。



『一昨日の深夜未明にて、第三地区にある独立研究センタービルに不審な人物が侵入したとの通報を受け、現場に居合わせた警備会社と激しい銃撃戦が繰り広げられました。侵入者は施設職員らを射殺したのちに【】のテストモデルを強奪したものと思われ、その際に大量の爆発物が使用されたとのことです。現場では今もなお黒煙が上がっており、強盗犯には施設関係者から賞金が――』



 スペードの脳内で、点と点でしかなかった事象が線を引き始める。

 やがて少女は外された機械関節をパキパキと音を鳴らしながらゆっくりと立ち上がり、感情のない表情でこちらを見下ろした。


『あなた、だれ――?』


 スペードは少女のノイズの混じる声を聞いて、生唾もどきを飲み込んだ。そして同時に、とてつもなく大きな陰謀に巻き込まれつつあるのを感じ取っていた。街のどこかでは、いまだにサイレンが鳴り響いているのが聞こえてくる。

 少女の感情のない純白の瞳は、いつまでも大通りのネオンを反射させているのだった――。

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異邦の運び屋〈ポストアポカリプス〉 村上さゞれ @murakami_sazare

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