第21話

 昼休み、缶コーヒーを飲みながら中庭を見下ろす。

 やはり彩莉はいつも通り、いつもの場所で一人昼食を摂っていた。


 確かに一人は楽なのかもしれない。それに慣れてしまえば、辛いとか寂しいなどと思うこともないのかもしれない。

 彩莉もそう思っているのなら、友達はいた方が楽しいだとか、だから作ったほうがいいとかそんな言葉は響かない。

 それに、ずっと彩莉から目を逸らしていた俺は、彩莉にそんなことをいう資格はない。


 それでも俺は、彩莉にこのまま孤独でいてもらいたくなかった。


 何故そう思うかは漠然としていてハッキリ分からないけど、このままでい続けることは彩莉にとっても良くない気がした。

 結局は全部、俺のエゴでしかないんだろうな。だから強要することはできない。

 杏音は彩莉の理解者がいないと言っていた。


 うちの高校の偏差値は県下でもトップレベル。しかしまだ上がある。天才と呼ばれ、首席合格をした彩莉なら、もっと上の学校にも行けたはずだ。

 俺はここが限界だったが、自宅から徒歩圏内だし通学の便がいい。もしかしたら彩莉もそういった理由でここを選んだのかもしれない。


 しかし、この高校でも彩莉を理解できるレベルの相手は現れていない。


 まだ入学して一か月も経っていない。


 彩莉を理解して、彩莉も受け入れられるような相手が早く現れるのを願うばかりだ。


 そのまま中庭を眺めていると、一人の男子生徒が彩莉の元へ近づいていくのが見えた。


 クソ! また変な虫が彩莉に近づきやがって!


 だいたい彩莉に声を掛ける奴は下心の塊でしかない男子ばかりだ。

 気持ちは分からないでもない。だが残念だな。彩莉はそんな下賤な輩に貸す耳など持ってはいない。そのまま撃沈して去るがいい。

 などと意味の分からない勝ち誇った気分で俺は二人のやり取りを見ていた。


 しかし、どこかいつもと様子が違う。


 遠目で良く見えないが、彩莉に話しかけている男子……アレ、生徒会副会長じゃないか? いつも生徒会長の隣にくっついてるやつ。名前は分からないけど。


 生徒会が彩莉になんの用だ?


「なぁにみてるのかな~」


 急に俺の耳元で緩い声が聞こえた。


「うわ! 斎川さん!?」


 気付かぬうちに俺の横に立っていたのは生徒会庶務の斎川さんだった。

 斎川さんも中庭を覗き込む。


「お~、りゅーせいくん、もう行ったんだぁ。さすがに行動が早いな~」

「りゅーせいくん、ってあの副会長のことです?」

「そうだよ~。花井流星くん」

「その副会長が彩莉になんの用です?」


 すると斎川さんはニヤりと笑って言った。


「もちろん。生徒会への勧誘だよ」

「彩莉を生徒会に……?」

「そうだよ~。今年首席合格の秀才美少女を誘わない手はないよね」

「はあ……そうですか」


 俺は適当に相槌を返す。


 彩莉が生徒会? そんなのやるわけないだろう。

 でも人間関係の構築の場としては悪くないような気がした。友達は作らなくても、小さなコミュニティに属することはいいことだと思う。


 でもやっぱり、彩莉が生徒会に入るとは思えないんだよなあ。


 中庭での二人のやり取りを遠目で眺め続ける。すぐに断られて終わりだろう。


「……なんか、結構長く話してません?」


 意外にも会話が続いているので斎川さんに問いかける。


「りゅーせいくん、話が演説みたいなんだよね~。きっと生徒会の理念とか入るメリットとかを延々と説き伏せているんだと思うよ~」


 確かに会話をしている、というよりは副会長が一人で話続けている雰囲気を感じた。


「まあ、妹ちゃんには全然響いてないみたいだけどね~」


 彩莉は副会長の話に飽きたのか、スケッチブックを広げ始めた。

 そして最終的には彩莉が数回首を振ったところで、副会長は彩莉の前を去っていった。


「ありゃりゃ~。やっぱり作戦失敗か~」

「作戦ってなんですか?」

「えー? キミの妹ちゃんを生徒会に入れて、キミも一緒に生徒会に引き込む作戦だよ?」


 それは作戦の中核である本人に話していいことなのだろうか。まあ、失敗したから問題ないのか。


「いや、その作戦。なんで成功すると思ったんです? 万が一、彩莉が生徒会に入ったとしても俺は入りませんよ」

「キミたち、仲良し兄妹なんでしょ?」

「仲良し……って言えるほどではないと思いますが……」


 きっとこの前一緒に下校した噂が出たことで、そういうふうに広まってしまったのだろう。


「それにキミは時々、こうやって妹ちゃんのことを見守ってる。よっぽど大事にしてるんだね~。そんな妹ちゃんが生徒会に入って激務を押し付けられたら、キミは助けずにはいられないんじゃないかな?」

「なんて発想するんだ。こえーよ生徒会」


 だがしかし、そんなことになったら、俺は彩莉を助けてしまうんだろうな。それが求められないものだとしても。


「まあ、そのくらい。かいちょ~はキミにご執心みたいだから、覚悟しておいた方がいいかもね~」

「今のセリフか一番怖いですわ。俺に執着する価値なんてないと伝えておいてください」


 はいはーいと手を振って斎川さんは俺の前から去っていった。


 なんか見計らったようなタイミングだったが、いまの斎川さんも作戦の一部じゃないだろうかと勘繰ってしまう。

 特に生徒会長は苦手だし、今後も関わるつもりはないんだけどな。あまり深く考えたくないから今はいったん忘れよう。



 俺は手に持っている空になったコーヒー缶をゴミ箱に捨てる。


 教室へ戻ろうとすると、制服に重みを感じる。

 振り返ると一人の女子が裾を引っ張っていた。


「え? 何か用?」


 俺が問いかけると、その女子は制服の裾から手を離しオロオロしていた。

 身長はとても低くかなり小柄な子だった。髪もボサボサで目が前髪で隠れてしまっている。


「あ……あの……伊月彩莉さんのお兄さん、ですよね?」

「うん、そうだけど一年生?」

「あ……はい。一年の葉桜牡丹はざくらぼたんと言います」


 こういっちゃ失礼だが、名前の華やかしさと見た目の野暮ったさがとてもミスマッチだと思ってしまった。


「それで? 用は何かな?」


 葉桜さんはモジモジしながらゆっくり口を開く。


「あ……あのぉ……私、彩莉さんとお友達になりたくて……」

「うん。ならこうして話しかけてみればいいんじゃないかな?」

「それが……話しかけたんですけど、サラっとあしらわれてしまって……」


 ああ、なるほど。彩莉撃墜艦隊は男子だけでなく、女子にまで有効なのか。そりゃレベルが合う合わない関係なしに友達出来ないわ。


「そこで……お兄さんに間を取り持って頂けないかと思いまして……」


 俺が彩莉との間を取り持つ? 俺じゃあ明らかに役不足だろう。杏音に頼んだ方が絶対マシだ。しかしさっきの斎川さんの話を聞く限り、俺と彩莉の仲はいいということになっているから仕方がない流れか。


 それよりも――――彩莉と同じように人付き合いの苦手そうな子が、わざわざ俺に話しかけてまで彩莉と仲良くなりたい理由はなんだろうか?


「どうして、彩莉と友達になりたいと思ったの?」


 すると葉桜さんは、前髪の隙間から覗かせる目を輝かせた。



「よくぞ聞いてくれました! 私はですね! 彩莉さんの絵のファンなんです!!」

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妹になった幼馴染がネコに取り憑かれた。普段はクールなのにネコ耳姿だとぐいぐいくるんだが。 gresil @gresil7

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