第20話
彩莉の部屋の前に立ち、ドアをノックする。
「風呂空いたぞ」
そう言って少しドアの前で待つ。部屋の中から物音が聞こえ、彩莉が着替えを持って出てきた。
「いってくる」
呟くように言うと階段を降りて行った。その後姿を見送り、俺は自室に入る。
ここ最近、風呂に関するトラブルが続いたので、ルールが設けられた。それは入る順番を固定し、終わったら次の人に声を掛けるというものだった。
順番は、俺→彩莉→レーナさん→親父といった順番だ。
トラブルというのは入ろうと思うタイミングが被ってしまい、脱衣姿を目撃してしまうというものだった。
一応家族になったとは言え、最低限のプライバシーは守られるべきである。
俺は隣の部屋の彩莉の動きを察しながら被らないように気を付けていたのだが、何も考えナシに行動するのがレーナさんだった。
俺はレーナさんに全裸姿を3回ほど見られてしまっている。逆じゃないのが悔しいし、今後もその可能性が断たれてしまったのは残念だが致し方ないだろう。
俺は自分のベッドに腰かけ一息つく。
棚に目をやると、この前杏音の家から持って帰ってきたゲーム機が目についた。何気なく手に取り起動する。部屋にテレビはないのでいつも携帯モードでプレイしていた。
「この前はさすがに鈍ってたから少しやっておくかな」
プレイ間隔が空いたせいでシーズンが変わっており、ランクも下がってしまっていた。
前のランクに戻すまではという気持ちでゲームをやり始めた。
数戦して全勝。いい気分でやっていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。
俺はいったんゲームする手を止め、ベッドから立ち上がる。するとドアが開き、隙間から彩莉が顔を覗かせた。風呂上がりだからか、顔が火照っていて髪は少し湿り気を残してる。
「お兄ちゃん。ちょっといいかな?」
「…………ああ、中に入れよ」
俺は彩莉を部屋に招き入れる。
「座っていい?」
彩莉の視線の先には俺のベッドがあった。俺が黙って頷くと彩莉はベッドに腰を掛けた。
「今、何してたの?」
「ゲームしてた」
そう言って俺はベッドに置いてあったゲーム機を手に取り、彩莉の隣に座ってゲームを再開した。
この前ネコに髪の毛をブラッシングしていた時もそうだったが、風呂上りの彩莉の隣というのは、熱気とそれを伝ってやってくる甘い香りに意識が持っていかれそうになる。
そんなことお構いなしに彩莉は肩を寄せ、ゲームの画面を覗き込んできた。
「私のことは無視するの?」
やや上目遣いでそんなことを言ってくる。
「なら要件を言えばいいだろ、ネコ」
「ニャんだ。やっぱりバレちゃってたかニャ」
すると彩莉の姿をしていたネコは白髪のネコ耳姿に変わる。
「にゃっは~。お兄ちゃんはいつからネコだと気付いていたニャ?」
「最初から。彩莉はまず、自分から俺の部屋のドアを開けない」
「ニャんと! そんな初歩的なトコから間違えちゃってたのかニャ!」
ネコはうんにゃーと騒ぎ立てる。今は親父もレーナさんもいるからあまり大きな声を出さないで欲しい。
「それで? 今回のご要望はなんなんだよ?」
面倒事は早く片付けたい。俺はゲームをしながらネコに問いかけた。
「今回はノープランニャ。だからとりあえずこのままでいいニャ」
「このままって、俺ゲームしてるだけだぞ?」
「それでいいニャ」
そこまでゲームをやりたいわけではなかったが、このままでいいというのであればそれに甘えてゲームを続けた。
しかしどうも集中力を欠き、ミスを連発して勝てなくなってしまう。理由は先ほども上げた熱気から伝わる甘い香り。
あと尻尾。
隣に座っているくせにわざわざ画面の前を横切らせてくる。わざとやっているんだろうが邪魔で仕方がない。
「なあ、せめてその尻尾やめてくんない?」
「ネコはお兄ちゃんが構ってくれないから退屈ニャ」
「お前がこのままでいいって言ったんだろ……」
「今はネコを甘やかす自主性が試されてるニャ」
ネコは気まぐれだと聞くが、こういうトコなんだろうな。
本物のネコ相手だったら仕方ないな~となるんだろうが、今俺が相手にしているのは彩莉の姿をしたネコだ。
望まれてもいないのに触れ合うのは抵抗がある。仕方がないので俺は無視してゲームを続けた。
それから尻尾の攻防は続いた。挙句の果てには尻尾で画面を直接叩いてくる、なんてこともあったが、無視していたらやがて静かになった。不貞腐れているのかもしれない。
俺はすでに惰性でゲームをしていた。勝敗もボロボロだ。それでも隣にネコがいる状況で辞める選択肢はない。下手に手を出した途端に彩莉に戻ったらまずいからな。
しかし――こうやっていると昔を思い出すな。
外で遊んで暗くなったら杏音の家でゲームをする。彩莉はいつもこうやって、俺の隣でゲームを見ていた。それがなんだか、妙に心地よかったのを覚えている。
「なんか……昔を思い出すね」
彩莉も同じことを思っていたようでそんなことを呟く。
………………なんだって?
横目で彩莉の方を見ると、案の定ネコから彩莉の姿に戻っていた。彩莉は無表情で俺のゲーム画面を覗き込んでいる。
あのネコ野郎。マジで何しにきたんだよ!? ノープランにもほどがあるだろ!!
「あ……ああ、そうだな」
俺は相槌を返すが、その後も俺のゲーム音だけが部屋に広がる。
なんか……急に気まずくなったな。
彩莉は興味があるのかないのか、視線はゲーム画面に集中しているようだが俺は全くできていない。もう辞めてしまいたかったが、その後どうしたらいいか分からない。
とりあえずゲームをしながら何か話しかけるか? しかし何を話せばいい?
「なあ……彩莉」
「うん?」
「学校は楽しいか?」
って俺は何を聞いているんだ!? 杏音のフラグを回収してしまったじゃないか!
「別に普通。なんで?」
「あー……いや、いつも一人だから……」
「中学からずっとそうだった。だから別に変らない」
彩莉は声のトーンを変えずにいう。
確かにそうなんだよな。彩莉は中学の頃からずっと一人で孤高の氷姫だった。それを知っているのになにを今更……とでも思っているだろうか。そう思われても仕方がない。
だから俺はこれ以上、何も言えることがなかった。
そして会話が終了する。いや、会話と呼べるようなものではなかった。
「このゲーム。楽しい?」
自分の不甲斐なさに打ちひしがれていると彩莉の方から声が掛かった。
「あー……勝てると楽しいけど負けるとクソつまらない」
「これって皆で一緒に出来るの?」
「別にゲーム機とソフト用意すれば出来るけど」
「私でもできる?」
昔はゲームをやろうとすることはなかったのだが、よほどこのゲームに興味が湧いたのか?
「最初は難しいかもな。練習が必要かも。少しやってみるか?」
俺は彩莉にゲーム機を差し出す。対戦がボロボロだったので練習モードでプレイをしていた。
「いまはいい。ゲーム買ってもいいか今度レーナに聞いてみる」
そう言って、彩莉はベッドから立ち上がる。
「買ったら、やり方教えてね」
「……ああ」
そして一言、おやすみなさいと言って、彩莉は部屋から出ていった。
きっと今の俺は、気持ち悪い顔をしている。
ほんの数回だったけど、ゲームの話だったけど、久しぶりに彩莉と会話のようなものが出来た気がする。そしてもしかしたら、思っていたよりも、俺は彩莉に嫌われていないんじゃないかとも思ってしまった。
そう思うと、顔がニヤけるのを抑えられなかった。
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