食人鬼の姫ですが、聖戦で七日七晩殺しあった人間の英雄に恋をしました。その後、種も全滅してしまったし、これからは自由に生きることに決めたので、あの人を探しに行こうと思います。

三兎りあん

第1話

 食人鬼。その名の通り人間を食べる種族であり、食物連鎖の頂点に立つ存在。非常に強力な種で、獣人族よりも優れた五感、ドワーフよりも優れた身体能力、エルフよりも優れた魔術など、まさに無敵である。


 その恐怖に怯えながら、人間たちは長年苦しめられてきた。しかし、5年前。ヒューマン・獣人族・ドワーフ・エルフの四大種族が協定を結び、食人鬼へ攻撃を仕掛ける。熾烈な総力戦の果て、戦いは見事人間側が勝利を収めた。以後、この戦いを人は「聖戦」と呼んだ。



「チッ、時間だ。今日も死ななかったぞ、コイツ」


 拷問官がイラつきながら、高温で熱された鉄の棒を炉に投げ入れる。火傷一つ付いていない少女の体を睨み付けてから、ツバを吐きかける。自慢の金髪が台無しだ。こんなことで傷つくほど柔なプライドではないが、汚らわしいのは一体どちらなのかと時々疑問に思ってしまう。


 拷問官は首輪の鎖を引いて、少女を無理やり立ち上がらせる。牢獄までの廊下の床は、恐ろしいほど冷たく、そして静かである。靴どころか布切れ一つ纏わないこの美しくも小さな体躯には、ちと堪える。拷問なんぞ毛ほども効かないのに。


「火刑に水責め、毒に電気も試したのに無傷。処刑なんて、ハナから無理なんじゃねぇの」


「そもそも刃物は刺さらないし、魔術も弾く。見た目はそこらのガキと変わんねぇのに、防御がどうとか以前の話だよな。“食人鬼 アルク”こんな化け物、戦場ではどうやって倒したんだ?」


 牢獄の前に来ると、拷問官が少女の体を蹴飛ばして中に入れる。


「次の拷問、楽しみにしてろよ」


 声を低くして精一杯の威嚇をするのは結構だが、決め台詞が変わり映えしないのがなんとも情けない。昼も夜も分からないこの場所で、少女はまた時間が経つのを待つ。


『全く、王女である余がこんな扱いを受けることになるとはな』


 少女の名はアルク。食人鬼の姫であり、少し前までは人間たちに”最狂妃”と恐れられていた。小柄な体に似つかわしくない圧倒的な怪力。エルフ100人分を優に越える魔力量。そして、輝くような金色の髪に、透き通るような青い瞳。


 外見は言うに及ばず、その実力も同じ食人鬼でも並び立つ者はいなかった。しかし、今は僻地の地下深くで幽閉されている哀れな乙女である。


『同胞たちは今頃、どうしておるのじゃろう』


 食人鬼たちは、先の大戦で敗北。人間たちは殲滅戦に切り替えて、食人鬼狩りを開始した。戦意があろうと、降伏していようと、女子供も関係なし。容赦のない弾圧が、非人道的な所業が、かれこれ二年近く続いているらしい。


 もっとも、終戦からずっと閉じ込められているアルクには想像することしか出来ない。唯一の情報源は、拷問官から浴びせられる罵詈雑言のみ。あやつらは思想が偏っている人間ばかりなので、どこまで真実かと疑いたくなるが、あまり状況が良くないのは明白。


 それでも、民草が必死に生きようとしているのであれば、王の血族である余が諦めるわけにはいかない。泥水をすすってでも、“食人鬼の姫 アルク“として生き延びようではないか。


「それに、あやつの顔を見るまでは死ねんのだよ」


 そうでなければ、好きでもない拷問を我慢なんぞしてられん。



「おめでとう、“食人鬼”。今日から種族名ではなく個体名として名乗れるぞ」


『久しぶりに、知らぬ顔が来たと思えば……』


 この、やけに金ピカで着飾った男の戯れ言を解釈するのであれば、殲滅戦が終了したということだろう。


『つまり、食人鬼は余以外もういない』


「……そうか、では余は“食人鬼の姫”ではないのか」


 民草がいなければ、王も姫も存在しない。鎧を着た男は、大層うれしそうな笑みを浮かべた。きっと、アルクの心が折れたと考えているのだろう。


「ならば、狩りの幕引きに余を処刑すればよい。大戦で唯一余と互角に渡り合った、“あの男”なら、余の首をはねることも出来るはずじゃ」


 鎧の男は、険しい顔になる。


「うーん、やっぱりそうなるか。実はあの英雄サマ、もう退役しててな。田舎に帰ってるらしいが……」


 こんな簡単に口を滑らすとは。こやつ、さては身なりだけのハリボテか。姫としての責務も、知りたかった情報も。用件は全て完了した。


『なら、脱獄じゃ!』


 ただのアルクとして、やりたいことをやろう。今日が余の新しい誕生日となる。



「着いた。ここが、あやつの家か」


 ハリボテ騎士をあの場でぶん殴り、アルクは正面突破で堂々と脱獄を果たした。食人鬼を閉じ込めておくには、設備も人材もあまりにも杜撰である。元々、脱獄しようと思えばいつでも出来た。条件が整ったのが偶々あの日だっただけ。


 アルクはシャバに出て、まず旅をした。目的は一つ、ヒューマンの“英雄 ヨーイチロー”と再会するため。こやつは、先の大戦で余を瀕死に追い込んだ強者(つわもの)であり、最終局面で余と七日七晩の死闘を繰り広げた仲でもある。


 食人鬼とは、食物連鎖の頂点の種族だ。これは、驕りなどではない。純然たる事実として、人間よりも性能が優れている。四大種族の長所全てを兼ね備え、弱点らしい弱点が存在しない。ましてや、食人鬼の中で最強と言われていた余である。集団で戦うのならばまだしも、一対一で人間に敗北することなど万が一にもあり得ない。


 それを成したのがこのヨーイチロー。加えて、こやつは四大種族最弱のヒューマンでもある。魔術も身体能力も遙かに劣るはずなのに、余を打ち倒した。当事者である余だからこそ断言できるが、あれはまぐれでの勝利ではない。互いに全てをぶつけ合った、その上でヨーイチローが勝った。


 奴は、余の全力を受け止めてくれた初めての存在である。戦いの中で互いに全てをさらけ出した。長所も短所も弱点も、お互い知らぬ物は何一つないほどに。今まで、余と対等に渡り合った存在はどこにもいなかった。


 それなのにまさか人間の、それも最弱のヒューマンが、余の最大の敵として立ち上がったのだ。晴天の霹靂だったが、あれ以上の幸福を余は味わったことがない。当然、惹かれずにはいられなかった。


 長年顔を見ることもなく、屈辱的な拷問を耐える精神的な支えにしていたのもあり、アルクの恋心は一方的に膨れ上がっていた。


『奴を、余の伴侶に迎えてやろうではないか』


 こんなことを頭に思い浮かべるくらいには。


 そして海を越え、砂漠を渡り、山を登ってようやく家に辿り着いた。正直、ここまで辺鄙なところに住んでいるとは。ヨーイチローは、不便には感じないのだろうか。



「ヨーイチロー、余であるぞ!」


 アルクが意気揚々と呼び鈴を鳴らしても、返事がない。家の中に人の気配があるので留守ではない。ここまで来て引き返せるわけもなく、何度も何度も呼び鈴を鳴らす。


「くどい! 一回鳴らせば聞こえてる」


 ようやく中から怒号が返ってくる。扉越しであるが、戦場ではついぞ聞くことのなかった声。思っていたよりも低かった。


「ヨーイチロー、扉を開けぃ。そして、もてなせ。この、余が来たのだからな!」


「…………誰?」


「フッ、意外とシャイなのだな。貴様と余の間柄だぞ? わざわざ名乗る必要もない」


 全く、久しぶりに会うから変に緊張なぞしおって。戦場での貴様は煌めいていた。まさに人類最強にふさわしい男だった。だが、どんな姿でも貴様は貴様なのだから気にせずともよい。余はありのままを愛そう。


「まあ、誰でもいいけど帰ってくれ。俺はもう、人とは会わないって決めてるんだ」


「人と会わない? どうしてじゃ? 英雄とまで呼ばれる貴様が、これから一生引きこもるのか?」


「お前、やっぱり俺のこと何にも知らねぇみたいだな。…………俺は今、不治の病に冒されてる」


「何!?」


 初耳だった。そうか、どれほど強かろうと人間は簡単に死にかける脆弱な存在なのだ。ヨーイチローも例外ではない。


「どんな名医でも聖女でも魔術でも薬でも、治療出来なかった未知の病。医者の話だと、人間に感染する可能性もあるらしい。……こうして隔離されたまま死んでいくのが、俺の運命なのさ。英雄なんて大層な呼ばれ方してても、最後は驚くほどあっけない」


 ヨーイチローの声は、消え入りそうなくらい小さい。


「なるほど、“人間に感染する”か。なら、問題ない。余は、完全無欠の“食人鬼の姫”である!」


 扉を蹴破り、とうとうかつての敵とご対面。体は見る影もなく痩せこけていたが、火のように赤い髪と鋭い眼光は、微塵も衰えていなかった。


「…………はあ!? お前、なんでこんなところにいる?」


 ヨーイチローは、ようやく訪ねてきたのが誰か認識する。


「貴様に会いに来た」


 ヨーイチローは珍妙な顔をしてこちらを見ている。


「用件は?」


「決まっておろうが」


 アルクはヨーイチローに歩み寄り、胸ぐらを掴む。


「余の伴侶になれ!」


 固唾を呑み込む音が聞こえた。



「……お前、人間じゃねぇよ」


「当たり前じゃ。余は食人鬼の姫ぞ?」


 ヨーイチローは、決して余から目を離さない。それでも、口を開く素振りは一切ない。


「それで、貴様の返答は?」


「返答?」


 全く、二度も言わせるでないぞ。……余にも恥じらうという感情はあるのだから。アルクは顔を赤らめたが、視線は決して逸らさなかった。


「余と婚姻を結べ」


「断る」


「なぜじゃ!? このパーフェクトボディを持つ、才色兼備、頭脳明晰、天下無双のこの余が妻になるのだぞ? これ以上の至福はこの世にないはずじゃ!」


「ちんちくりんがほざくな。俺はもうじき死ぬ。無意味なことをやるつもりはない。それに、うら若い少女を未亡人には出来ん」


 ヨーイチローは余の手を払いのけ、椅子に座る。ゴホゴホと、咳き込む姿にはかつてのオーラはない。


「では、もし貴様の病気を治したら、余を妻にしてくれるか?」


「……できるもんならな」


「その言葉、嘘はないな?」


 よし、言質取った! アルクは思わずその場で小躍りしてしまう。


「一応言っておくが、魔術の天才のお前でも治療は無理だからな」


「そんなもの、使う必要はない」


「ならどうやって?」


「食人鬼の王族に代々伝わる“秘薬”があってな。どんな病気も治すことが出来る万能薬と言われておる」


 ヨーイチローの顔のシワが深くなる。


「エリクサーも、天使の一滴(ひとしずく)も試したぜ?」


「人間規格の薬なぞ何の意味がある? 食人鬼の薬を、そんなママゴトと一緒にするな」


 人間規格じゃ、どっちも最高級品。それをここまでコケにするとは。


『だが、食人鬼の技術は俺たちを遙かに超える。……駄目で元々か』


ヨーイチローは、一度目を閉じ深呼吸をする。


「分かった。お前と結婚しよう」


 その言葉に、アルクは両手でガッツポーズしていた。あまりに強引で一方的な求婚であったが、ヨーイチローは藁にもすがるしかない状況のため、仕方なく受け入れる。


「それで、その“秘薬”とやらはどこにあるんだ? 今すぐくれ」


 ヨーイチローは、アルクに向かって手を出して催促する。それを見て、アルクは耳まで顔を赤くしてしまう。


「……まあ、まだ昼間だしそんなに慌てなくてもよいじゃろ」


「こっちは命かかってんだ。昼も夜もムードもねぇ、1秒でも早くほしい」


「…………実は、その“秘薬”。余の“ある体液”なんじゃけど……」


「いまさらもったいぶるな。病気が治るなら毒でも飲む」


 汚いとかそういう話ではない。ヨーイチローは立ち上がって、アルクの肩を掴む。アルクは目をグルグルさせながら口をアワアワさせている。


『この感じ、唾液か?』


 秘薬を飲むためにはキスが必要、というヤツ。


『伴侶になれ! とか堂々と言ってた割には、ピュアピュアじゃねぇか』


 そこら辺の感覚は見た目相応なのだろう。ヨーイチローははじめて目の前の少女に、可愛らしさを感じた。指を胸の前でくっつけてモジモジしながらも、アルクは小さく何かを呟いている。


「え? なんて言った?」


 聞き返すヨーイチロー。アルクは精一杯背伸びして耳元でささやく。


「……“秘薬”は、破瓜の血なんじゃ」


 ヨーイチローは思わず固まってしまった。



 3か月後。ヨーイチローは元気に外で薪割りをしていた。


「一時はどうなるかと思ったが、これで完全復活だな」


「ヨウ、加減はどうじゃ?」


「この通りよ。今ならお前と戦っても勝てるぜ」


 それを聞いてアルクは何度も頷く。その姿は誇らしげにもうれしそうにもみえる。


「しっかし、そのエプロン姿。いつ見てもママゴトみたいだな」


「大きなお世話じゃ! 自分が図体でかいからって馬鹿にしよって」


 プンスカ言いながら、アルクは家に戻ろうとする。


「アルク、本当にありがとな。お前がいなきゃ、俺は今頃死んでた」


「……言われるまでもない」


 照れるとそっぽを向く彼女の姿は、何度見ても微笑ましい。


「ゴハンできたから、冷める前に来るんじゃぞ」


 色々言っても、面倒見も良い。


『これでお姫様やってたって言うんだから、不思議なもんだ』


 斧を片付けて、ヨーイチローも家の中に入っていった。

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食人鬼の姫ですが、聖戦で七日七晩殺しあった人間の英雄に恋をしました。その後、種も全滅してしまったし、これからは自由に生きることに決めたので、あの人を探しに行こうと思います。 三兎りあん @santorian

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