最終話 これからだって繋がっているから
優矢を送り出し、俺はノヴァとセーリの元へと向かった。最近好き勝手にやらせてもらっているから、そろそろ叱られてもおかしくない。明日からは通常業務だなと思いつつ、ノヴァの自室の戸を叩いた。
大きな行事の後で、今日は仕事を休みにすると二人して言っていた。だから、朝から優矢とケーキ作りなんて出来たわけだけれど。
「ノヴァ殿下、貴継です」
「貴継、入ってくれ」
「失礼します」
誰の目はあるかわからない。いつものように一線を引いた挨拶をして、俺はノヴァの部屋に入る。
ノヴァの部屋は、かなりシンプルだ。調度品というものはほとんどなくて、家具は揃っているという感じ。必要最低限のものだけで良いという彼らしいけれど。
「お疲れ様、貴継。その手にあるのは、ユニオ・メージルアさんと一緒に作ったっていうケーキかな」
「そうだよ、セーリ。ノヴァも、是非食べてみてくれよ。自信作だ」
「それは楽しみだね。ね、ノヴァ」
「ああ、是非食べさせてくれ」
セーリが飲み物を準備している間に、俺は二人の分のケーキをテーブルに並べた。木の部分は丁度良い感じに半分に出来たから、二人にチョコレート多めにしたんだ。
ノヴァは俺の事を見ながら、わずかに笑っていた。そんなノヴァと俺の前に、セーリがコーヒーを置いてくれる。
「「いただきます」」
「はい、どうぞ」
二人の一口目、ちょっと緊張しながら見ていた。
「……どうだ?」
「うまいよ。チョコレートが良い感じにアクセントになって、甘過ぎない」
「ああ。また腕を上げたんじゃないか、貴継」
「よかった、ありがとう」
「それはこっちの台詞だな」
くっくと笑ったノヴァは「それで」と俺に話すことを促す。
「ユニオ・メージルア殿とはどうだった? やっぱり、何も変わらなかったか?」
「それについて、二人に報告したかったんだ。実は……」
俺の報告を聞いて、二人は目を丸くした。俺だって信じられない。記憶を失っていたはずの優矢が、思い出してくれたんだから。
口角が自然と上がっていた俺を、突然ノヴァが抱き締めた。
「の、ノヴァ!?」
「よかったな、貴継。本当の意味で、友だちと再会出来て」
「……うん、凄く嬉しいよ。まさかと思ったけど、本当だ」
俺は再び涙腺が緩みそうになるのをグッと堪え、笑顔を作った。若干目が潤んでいたかもしれないけれど、二人はそれを見ないふりしてくれて助かる。
「そういえば、そのユニオ……じゃないか。優矢くんはもう帰ったのか?」
「ああ。二人にも挨拶したかったみたいだけど、あっちも帰りを待っている人たちがいるから。次はいつ会えるかわからないけど、次は優矢って呼べるのが凄く嬉しい」
「……そうだな」
「あ、ノヴァちょっと妬いてるだろ」
ふふっと笑ったセーリがそんなことを言うけれど、俺はそんなことないと思う。ノヴァが顔を赤くしたのは、セーリの言葉に怒ったからだろう。
「ちょっと来い!」
「おおっ?」
「何なんだ……?」
何故かノヴァがセーリを引きずって部屋の隅に行った。何か喋っているけれど、俺には聞こえない。俺は仕方なく、コーヒーを飲みながら待つことにした。
二人は数分もしないうちに戻って来た。何故かセーリはまだ笑っている。
「待たせてごめん、貴継」
「いいよ、そんなこと。それより、ケーキ食べちゃってよ。二人に食べてもらうために持って来たんだから」
「ああ、そうだな。頂くよ」
「僕も」
二人がケーキを食べている間、俺は彼らとこれを作って食べた時のことについて話した。ユニオだった優矢が記憶になくてもお菓子作りがうまかったこと、俺が離れている間に優矢の記憶を取り戻していたこと。
「……こうやって、もう一度一緒に作って食べることが出来るなんて思わなかった。あいつにまた会えたのも、二人が迎え入れてくれたからだな」
「貴継の頑張りもあるだろう。スージョンのことも、きみだから今のような関係性を築けた」
「僕もそう思うよ。本気でぶつかったから得られた結果だと思う。僕たちは、その手伝いをしただけだ」
「それでも、ありがとうだ」
俺たちはしばらく色々と話していたけれど、突然ノヴァが「あ」と呟いた。
「どうかしたのか、ノヴァ?」
「思い出した。貴継」
「何だ?」
「会えるぞ、優矢くんに。少し先のことになるけれど」
「――え」
思わず身を乗り出した俺に、ノヴァは「実は」と国家行事を一つ教えてくれた。
「一か月後、我がラスティーナ王国とベラスティア王国の友好百年を祝う祝賀行事が行われる。十年に一度、互いの国を訪問して交流を深める行事なんだが、今年は百年の節目と言うことで、確か春はラスティーナ王国、秋はベラスティア王国で二度行事が行われるんだ」
「なら、今回みたいに」
「会えるね。よかったじゃないか、貴継!」
「ああ!」
セーリに言われて、俺も嬉しくなった。これはロイドルさんたちと協力して、目いっぱいにおもてなししないといけないな。改めて気合が入る。
「次のためにも、もっと腕をあげておかないといけないな」
「先方も、この国の食事事情に興味を持っておられるらしい。特に菓子類の進化は目覚ましい、とね。是非、次回も楽しませて差し上げたい」
「ああ、任せてくれ。精一杯やるよ!」
俺が拳を握り締めると、ノヴァとセーリは笑ってくれた。
きっとこれからも、俺はこの国でお菓子作りをしていくんだと思う。日本に帰ることはもう諦めているけれど、優矢とも会えたし今後も会える。これ以上ない好条件の異世界転移だろうな。
これは、俺がお菓子作りで世界を変えていく物語。
ノヴァとセーリと、優矢と。ワージルさんやメルさん。そして、ロイドルさんやスージョン。たくさんの人との出会いが、俺の力になるんだと思う。
「やってみるよ、何処まで出来るかわからないけれど。みんなと一緒なら大丈夫。たくさんの笑顔、引き出してみせるよ」
――了
美味しいお菓子を食って怒る奴はいないだろ?~パティシエを夢見る少年は、異世界でお菓子の革命を起こす~ 長月そら葉 @so25r-a
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