第28話 思い出のケーキを
ケーキが焼けて、ケーキクーラーに乗せた。それも冷えたら、生クリームでケーキを包み込んでいく。それをユニオが楽しそうに見ているから、俺もちょっと乗ってしまった。
「……折角だから、横に模様でもつけるか」
「そんなことも出来るのか! 凄いな、貴継」
「褒めても何も出ないぞ!」
俺たちはそんなことを言い合いながら、最終的には並んでクリームをならしていた。ユニオの手際もなかなかのもので、学校時代を思い出させる。あいつの方が、俺よりもうまくて綺麗に仕上げていたんだよな。
「――できた!」
「じゃあ、後は飾り付けだな。これを使うぞ」
「さっき貴継が冷やしていたものだね。……おお、外すとこうなっているんだ!」
「綺麗に出来てる、よかった。体温で溶けるから、箸でいいや。これで飾り付けていってくれ」
「わかった。……緊張するな」
「大丈夫だよ、ユニオなら」
優矢は、少し不器用だけれどそれを努力で補っていた。俺の方が手先は器用だけれど、それ以上の知識があってそれを理解する地頭がある。俺にあるものと優矢にあるものは違うから、違うものが出来て当然だ。
俺は、ユニオが慎重に飾り付ける横であの時と同じように飾り付ける。先生に褒められて嬉しかったこと、帰りに優矢と話したことを思い出しながらやってみる。そうしたら、なんだか特別な力が貰える気がした。
「――出来た」
「――俺も」
ほとんど同時に飾り付けを終えて、俺たちは互いに仕上がったものを見せ合う。
ユニオは気まぐれで俺が作っていた紅葉した葉も使って、グラデーションの綺麗な秋の山のようなケーキを作り上げていた。
「綺麗だな、流石ユニオ」
「本当かい? よかった。貴継のもとてもいいね」
「ありがと」
「これは、チョコレートを細く切って木の幹と枝に見立ててあるんだね。接着剤……なわけがないか。溶かしたチョコレートでくっつけている。あとは、同じ要領で木の葉をつけているんだな」
「解説しなくて良いから!」
ちょっと恥ずかしくなって、俺は明後日の方向を向いた。
俺のケーキは、チョコレートを木に見立てたものに若葉をつけて、数枚は散らした。後は生クリームを絞って囲んだ。あの時も、同じように飾り付けた。なんだか成長していないような気がしたけれど、俺は俺だからそれでも良いだろう。多分。
「せ、折角だからお互いのケーキを食べてみないか?」
「お互いのって、作ったのは二人一緒にだろう?」
「だけど、飾り付けで味がちょっと変わるからさ」
俺の提案を、ユニオは素直に受け入れてくれた。だから戸棚からケーキ用のナイフを取り出して、食べる分だけ切り分ける。それぞれのケーキを二切れずつ。
「はい」
「ありがとう」
ケーキを乗せた皿にフォークを付けて、ユニオに渡す。俺も自分の分の二切れを皿に乗せて、二人で適当に椅子を引き寄せて座った。
「そういえば、ずっと立ちっぱなしだったな」
「本当だね。そんなことを忘れるくらい没頭していたけれど」
「だな。……あ、飲み物取って来る。紅茶で良いか?」
「いいよ、ありがとう」
先に食べていて良いから。俺はそれだけ言って、紅茶を取りに冷蔵庫へと向かった。冷蔵庫の中に、水出しの紅茶を入れているんだ。容器を取り出し、コップに入れて椅子のところへ戻る。
「お待たせ、どうだ……ユニオ?」
「……」
俺はやや乱暴にコップを机の上に置いて、ユニオに駆け寄った。何故って、ユニオが俯いて反応しないからだ。視界の端に、机の上に置かれた食べかけのケーキが置かれている。数口食べたらしいが、何かアレルギーでもあったのだろうか。
(いや、優矢にアレルギーはなかったはず。でもどうして……? 食べられないものは入っていないし、消費期限も問題ないはずだ)
俺は混乱して、ユニオに「おい」とか「大丈夫か」とかの言葉しかかけられない。背中をさすってやって、誰かを呼びに行くかと思案する。
すると、ユニオの背中がプルプルと震えた。
「ユニオ……?」
「――全く、お前は早とちりなんだよ」
「お前って……」
聞き馴染みのある、でも懐かしい響き。俺は信じられないものを見る気持ちで数歩よろめいた。
そんな俺の前に、ユニオが立ち上がる。彼の表情は、いたずらが成功した少年の笑顔にそっくりだ。
「でも、お菓子作りの腕を上げたな。うまかったぞ、貴継」
「優矢!? え、でも……記憶喪失も演技だったのか!?」
「んなわけないだろ、あれは本当。……不思議なものだけど、お前と一緒に作ったケーキを食べたら、突然激しい頭痛に襲われてパニックになった」
その後、頭の中に洪水みたいに記憶がなだれ込んで来たらしい。湧き上がって来たという方が正しいかもな、と優矢は笑った。
「記憶が蘇ったんだってわかって、驚いた。ユニオ・メージルアじゃなくて、和田優矢っていう本当の名前もしっくり来たんだ。今なら、お前に呼ばれたら返事が出来るよ」
「――っ、優矢」
「おう」
「びっくりするだろ、バカ野郎。心配させやがって……」
「それはこっちのセリフ。突然消えやがって、どんだけ心配したと思ってんだよ」
「……ああ、ごめん。ありがっ……!」
それ以上は、言葉にならなかった。俺は子どもみたいにわんわん泣きながら、優矢に抱き着いたんだ。
優矢も最初はびっくりして引きはがそうとしていたけれど、しばらくしたら諦めて俺の背中をとんとん叩いてくれた。でも、そんなあいつも静かに泣いていたことに俺は気付いている。言わないけどな。
「泣くなよ、折角再会出来たのにさ。本当の意味で」
「泣いてねぇ。びっくりして、目から汗が出ただけだ」
「器用過ぎるだろ」
くっくと笑う優矢が嬉しくて、俺も泣きながら笑ってしまった。お互い顔を真っ赤にして、しばらくケーキを食べられなかったけれど。
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