第27話 青葉をイメージしたケーキ
国同士の会談も晩餐会も滞りなく終わり、翌朝は何処か気だるげな空気が城に漂っていた。勿論皆休んでいるわけではないけれど、一年に何度もあるわけではないあんな大きなイベントの後だ。少し気を抜いても誰も𠮟りはしない。
「さて、時間までに準備だけしとくか」
そんな中、俺は朝から部屋の傍の厨房に立っていた。その理由は勿論、ユニオと一緒にお菓子を作るため、その支度をするためだ。
何を作ろうか。一晩かけて考えていたけれど、良いものは思い付かなかった。だから、優矢と俺の向こうの世界での最後の思い出のケーキを再現してみようと思う。
(今度一緒に作ろうぜって約束したし)
別に、期待はしていない。ユニオが記憶を取り戻してくれるとは思っていない。
だけど、もう一度友だちになれるなら、きっとそれで良いんだ。
幸い、ケーキの再現に必要なものは全てこの厨房の中にある。いつかもう一度作ろうと思っていたから、買いそろえていたこともあるけれど。
ちなみに、ノヴァとセーリの許可も取っている。二人には、出来たケーキを食べさせることを条件に背中を押された。とびきりおいしいものを食わせると豪語してしまったけれど。
「――そろそろ時間だな」
時報が鳴った。午前十一時を告げるそれを聞き、俺はエプロンを畳んで中庭へ行く廊下を少しだけ早足で歩く。
中庭へ繋がる戸を開けると、午前中の爽やかな風が頬を撫でた。俺はキョロキョロと見回して、目当ての人物を見付けて手を振る。
「ユニオ!」
「ああ、貴継。時間通りだね」
俺が手を振ると、ユニオはほっとした笑顔で手を振り返してくれた。優矢なら、きっと「おせーぞ」と一言言われるくらいか。
人間、記憶があるとないとではこんなにも性格が違うんだな。
「待たせたか、ユニオ」
「いや、わた……おれが早く来過ぎたんだ。早く行こう。案内してくれ」
「わかった。こっちだ」
俺はユニオを俺専用の厨房に案内して、エプロンも手渡した。彼がそれを着終わったら、手を洗って消毒して、厨房に立つ。
「一体何を作るんだ、貴継」
「色々考えたんだけど、青葉のケーキを作ろうと思う」
「青葉の? それは、どういうものなんだい?」
「こういうの」
首を傾げるユニオに、俺は昨晩描いたケーキのイラストを見せた。そこには、あの日作った青葉に似せたチョコレートを乗せたショートケーキを描いたつもりだ。俺の画力が足りないけれど、雰囲気はわかってもらえるはず。
案の定、ユニオは少し顔を曇らせた。だけど、すぐに小さく微笑んで「わかった」と呟く。
「ショートケーキの上に、チョコレートで葉っぱと木を作っているんだね。こんな芸術的なケーキは、記憶がある中にはないな」
「……。だと思う。これは、元の世界のものだから」
それを再現しようと思う。そう言うと、ユニオは「面白そうだ」と賛成してくれた。どうやら、俺は顔を曇らせずに話が出来たらしい。
気を取り直して、まずはショートケーキの材料を合わせていく。小麦粉、バター、砂糖、ミルク、そして卵。この世界の小麦粉は少し不思議で、何も入れなくても生地を膨らませてくれる。
「これを、こうかな?」
「そうそう。小麦粉をそうやって振るい入れて……」
ユニオは覚えていないと言っていたけれど、かなり手際が良い。やっぱり、記憶は失われても体が覚えていることもあるみたいだ。
俺たちは二つのケーキを作ることにした。一つは俺が、もう一つはユニオが持ち帰る。
「おれの養父、ハルメニア・メージルア伯爵は甘いものが好きなんだ。きっと、喜んで下さると思う」
「……なんだ、こっちでも同じなんじゃん」
「貴継?」
きょとんとするユニオに、俺は「なんでもない」と笑って作業を続けた。
ユニオであっても優矢であっても、家族に甘くておいしいものを食わせたいと思うのは同じらしい。記憶はなくても、気質は残るのだろうか。
「よし、後は焼くぞ。焼いている間に、トッピングとかクリームとか準備しよう」
「わかった」
生クリームを混ぜる係と、チョコレートの飾りを作る係に分かれる。飾りは俺の頭の中にしか構想がないから、当然ながら前者はユニオの担当になった。
「ユニオ、体力がいるから休みながらやってくれ」
「わかった。頑張るよ」
そう言ってガシャガシャとハンドホイッパーを動かすユニオを横目に、俺は早速モールドを取り出す。これは気に入ったものが見付からなかったから、知り合いの調理器具販売店の店主に頼んで作ってもらったものだ。給料を貰うようになってしばらくして、注文したのはそれが初めてだった。
(木の葉のモールド。なんか、思い出すよな)
元の世界の学校にはそれがあって、授業で何でもあるものを使って良いと言われたから使った。木は流石に粘土で工作するみたいに作ったけれど、木の葉はホワイトチョコレートに抹茶を混ぜて、色合いを調整しながら作る。
この世界に抹茶はないけれど、同じように緑色に染められる食材は見付けたから、何度か好みの色を出せるように練習した。ようやく良い色を出せるようになったから、このタイミングでよかった。
俺はチョコレートを溶かしてテンパリングし、色を分けてからモールドに流し入れる。元の色と緑の二種類が出来た。
「後は、これを冷蔵庫で固める。……よし。ユニオ、そっちは?」
「こ、こんなものかな……?」
「……お疲れ」
左右の手を交互に使うと良いと先に教えておきはしたが、久し振りの生クリーム作りは疲れたらしい。俺はユニオを労って、少し休ませることにした。
その間に生クリームを二つに分け、一つにチョコレートと同じく抹茶に似た食材を少しだけ入れて空気を入れるように混ぜ合わせる。すると生クリームを潰さずに淡い緑色に染められた。
「凄いな、それ!」
「うわっ! びっくりした、ユニオか」
「白いクリームが薄緑に染まった。とても綺麗だな」
「……これも冷蔵庫で冷やしておいて、ケーキが焼けて冷えたら飾り付けるぞ」
「わかった」
ケーキが焼き上がるまでまだ時間がある。俺はユニオに、今どんな風に暮らしているのかと尋ねた。昨日は俺が話すばかりだったからと言うと、ユニオは笑って答えてくれた。
そうして、俺たちはお互いの今を知ったんだ。
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