ケーキ作りは新たなきっかけ

第26話 思い出と約束

 自分の過去を知りたいというユニオに、俺は、俺の知る限りのユニオが優矢であった時のことを話した。俺たちはクラスメイトで友人というだけで、優矢のプライベートを全部知っているわけではない。それを了承してもらった上での話だ。


「――ふっ、くく。そんなことを私は言ったのですか?」

「あの時は、突拍子もないことを言い出すんで驚きました。でも、結局優矢の言ったことが正しくて……」

「私は、実家の店の跡を継ぐつもりだったんですね」

「よくそう言っていました。父さんの跡を継いで、美味しいものでたくさんの人を笑顔にするパティシエになるんだって」

「……ワダ、ユウヤは、この世界とは別の世界の存在。そして、貴方という……タカツグという友人を持っていた。……私が記憶を失わずにここにいたら、話して下さったことを全て、貴方と共有出来たのでしょうね」


 悔しいな。そう言って笑うユニオの表情は悲しげで、俺はほとんど無意識のうちにある提案を口にしていた。


「――俺と、お菓子作りをしませんか?」

「え!?」

「もしかしたら、一緒にやって来たことをまたこっちでもやったら、思い出すこともあるかもしれないですし。あ、勿論無理強いはしません! これから晩餐会もありますし、忙しいでしょうか……」

「やります。やらせて下さい!」


 ぱっと目を輝かせ、ユニオは身を乗り出した。日本人らしい焦げ茶色の瞳に、俺の戸惑った顔が映る。


「良いんですか……?」

「勿論です。実は、国に帰るのは明後日で。明日は、帰る者もいれば残って観光して帰る者もいて。私はもう少しこの国を見ていきたいと思っていたんです。もしかしたら、記憶を失う前の何かを見付けられるかもしれないと淡い期待を持って」


 そうしたら、貴方と出会いました。

 微笑む表情は、優矢が見せたものよりも柔らかい。過ごす環境でこんなにも違うのか、それとも記憶を失ったからか。


「今日は晩餐会が終わる頃には真夜中でしょう。この国を出るまで、この城の客室を貸して頂けると聞いています。ですから明日、貴方と共にお菓子を作ってみたいです。記憶を失ってから、厨房に立ったことはありませんが……」

「そんなブランク、大丈夫ですよ。優矢の……ユニオさんの体がきっと覚えていますから」

「だと、良いのですが」


 俺は視界が歪むのを見ながら、涙を拭えなかった。ひどい顔をしている自覚はあるけれど、ユニオの姿を一瞬でも見失いたくない。

 もう一度、優矢とお菓子作りが出来る。それがなにより嬉しくて、俺はボタボタと涙を流し続けた。


「だ、大丈夫ですか……?」

「すみません。……そろそろ時間ですよね」


 俺はようやく袖で涙を拭って、困らせていたユニオに向かって笑いかけることが出来た。さっき時報が鳴ったから、そろそろ会談が終了する。俺も戻らないと、デザートの仕上げに間に合わない。

 ユニオも気付いたらしく、ふっと微笑んだ。


「そうですね……。では、明日のいつ待ち合せましょうか?」

「明日の午前十時……いや、三回目の時報が鳴る頃にここで」

「午前十時で大丈夫ですよ。どうやら私には、そういう感覚は残っているらしい」

「……だったら、俺と喋る時は言葉遣いを崩しませんか?」


 ずっと違和感があった。親友と、同い年の友人と喋っているはずなのに他人行儀で嫌だった。勿論、ユニオには俺と過ごしていた頃の記憶は全てないんだから当然なんだけれど。けれど、俺とユニオは平民と貴族だ。普通に考えたらおかしいんだ。

 俺の提案に、ユニオは微笑んで頷いてくれた。


「良いですよ……あ、良いよ。もともとはそうやって話していたはずだからね」

「……ありがとう。じゃあ改めてよろしく、ユニオ」


 俺が手を差し出すと、ユニオも応じてくれた。


「じゃ、また明日」

「ああ、明日な」


 ユニオと別れ、俺はすぐに第二厨房に向かう。

 その時の手際は凄く良くて、いつもよりも早く作業を終えることが出来た。すりつぶして形を残したイチゴと手作りのナタデココをたくさん入れたゼリーはうまく固まっていて、俺はその一つ一つに丸々一個のイチゴと生クリームを添える。合計五十個に同じ作業をするのはなかなか大変だったけれど、仕上げた。

 そこへ、セーリがやって来た。どうなっているか見に来たんだろう。


「貴継、首尾は……流石、完璧だね」

「セーリ! 持って行って良いよ」

「ありがとう。これなら、喜んでもらえるよ」

「だと良いけど」


 俺はセーリと彼が連れて来たメイドにゼリーを任せ、後片付けをする。後片付けの本番は晩餐会の後だけれど、ここはもう使わないから。


「……晩餐会に出ているのなら、ユニオが俺の作ったゼリーを食べるってことだよな。なんだか、変な感じだ」


 専門学校生だった時、優矢とは課題のために何度も一緒にお菓子を作った。互いにアドバイスし合って、より良いものが出来るように。


「また、そういうことが出来るようになれば良いんだけどな」


 来るかもわからない未来を夢想して、俺はロイドルさんたちに乞われて彼らの厨房へと走った。コース料理を出しているから、順番に下げられた皿をみんなで片付けなければならないんだ。その手は幾らあっても足りないからな。

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