第25話 ユニオ

 それから、幾つもの国の要人たちがラスティーナ王国の王城に集まって来た。様々な見ための人たちが集まっていて、朝以上に人の動きが活発になる。

 俺は自分の動く時間になるまで、動く人たちの邪魔にならないように王城の中を歩いていた。目的としては、優矢と少しでも言葉を交わすことだ。


(助けてもらって礼も言えていないからな。ノヴァは機会を作れるようにするって言ってくれたけど、任せきりは良くないもんな)


 そう思って行動するものの、流石に他国の要人と王城の中ですれ違うことは不可能に近い。区画も分けられているし、何か間違いが起こらないようにしているのだろう。


「……そろそろ戻るか。もう少ししたら、晩餐会に移行する時間だよな」


 朝からノヴァも忙しそうで、ゆっくり話すことも出来ていない。一応休憩の共になればとすぐに食べられるチョコレートをセーリの分と共に渡しているんだけれど、食べてくれているだろうか。

 俺が今いるのは、前にスージョンに難癖をつけられた中庭。普段だと休憩に来た役人や貴族の人がいることが多いんだけれど、今日は流石に誰もいない。

 そう思っていた。


「――きみは」

「あ、ゆうっ……ユニオ・メージルアさんですよね。この前は、俺を助けて下さってありがとうございました。城まで送って頂いたと聞いて、驚きました」


 ベンチに腰かけていたのは、優矢だった。いや、今はユニオ・メージルアか。式典用らしき燕尾服に似た服は良く似合っていて、別世界の人にも見える。でも驚いた顔は優矢のままで、俺は切ない気持ちになりながらも言葉遣いに気を付ける。だって、一応外国の要人だからな。

 ノヴァたちに教えられた礼儀に気を付けて、ユニオに話しかける。話しながらも、俺はそんなことを言いたいんじゃないと心が叫ぶ。駄目だ、だって相手は何故か記憶を失っているんだから。


「こちらこそ、王太子様のご友人とは驚きましたが……。ちゃんと目覚められて、よかったです」

「何故、俺を帰す場所がわかったんですか? 住所を示すものは何も持っていなかったと思うのですが……」

「それは、近くのお店の方が教えて下さったんです。貴方はその店によく行くそうですね。王城に人を走らせて下さり、私もこちらへ行く用事がありましたから、馬車でお送りしたんですよ」

「そう、だったんですね。その時のお礼、言えていなかったので。……助けて下さって、ありがとうございました」


 ようやく、礼を伝えられた。俺はほっとして、余計なことを言う前にその場を離れようと思った。たくさん話をしたかったはずなのに、うまく言葉が出て来ないから。


(何で俺のことを覚えていないんだって責めそうだ。こんな、大切な場所で)


 俺は礼を欠く行為だと思いながら、その場ですぐにユニオから背を向けた。一息で挨拶だけして走って逃げるつもりでいた。


「すみませんお邪魔しました失礼します!」

「あ、待ってくれ!」


 思いの外、ユニオの力は強い。俺は袖を掴まれて、力いっぱい引かれて走れずその場にしりもちをついた。「痛っ」と悲鳴を上げると、ユニオの慌てた声が降って来る。


「も、申し訳ない。大丈夫ですか……?」

「しりもちついただけなんで、大丈夫ですよ。……あの?」


 立ち上がろうとしたけれど、うまくいかない。何でかと思えば、ユニオが俺の服を掴んだままだった。

 俺がじっとそこを見つめていると、ユニオも気付いてすぐに手を離す。


「な、何度も申し訳ないです! 無意識で……」

「いえ、俺の方こそ」


 何となく、去りにくくなってしまった。俺が「どうしようか」と思っていた時、ユニオが先に動く。俺の腕を掴んで軽く引いた。


「少し、きみと話がしたい。こっちに座ってくれませんか?」

「あ……はい」


 彼は優矢じゃない。そう思っても、ユニオと話がしたいという気持ちを抑えつけることは出来ない。

 俺は促されるまま、ユニオの隣に腰を下ろした。


「無理矢理申し訳ない」

「ああ、いや。……俺も、貴方と話がしたかったので」

「そうか、よかった」


 ユニオはほっと胸を撫で下ろすと、俺の顔を真剣な顔で見て来る。こっちの世界に来たことで視力が回復したのか、眼鏡をつけていないその顔は少し新鮮だ。


「あの……?」

「私のことを、知っているんですか?」

「――っ」

「私のことを、何度も『ユウヤ』と呼びましたよね?」

「あーっと、それは……」


 俺の背中を変な汗が流れていく。これは多分、冷汗だ。脂汗かもしれないけれど、少なくとも普段かく汗じゃない。

 俺の焦りとは裏腹に、ユニオはどんどんと言葉を重ねて来る。


「ノヴァ殿下からお聞きだとは思いますが、私は二か月前からの記憶がありません。自分が何処で何をしていたのかわからず、町をふらついていたところを拾われて、乞われるがままにメージルア伯爵家の養子となりました。だから、貴方が私に対して『ユウヤ』と呼びかけることが不思議で……同時にひどく懐かしくもあるのです」

「あの……えと……」

「お願いします。貴方が、記憶を失う前の私といつ何処で会ったのか、教えてもらえませんか? そして、私がどんな人物だったのかも、もしも知っていたら教えて頂きたいのです!」


 お願いします。深々と頭を下げられ、俺は余計に逃げられなくなった。

 けれど心の何処かで、こうなることを望んでいた自分もいる。俺は覚悟を決めて、ユニオに向き合う。


「わかったから、顔を上げて下さい」

「あ、ありがとう」

「……多分、衝撃を受けると思います。それを心に留めておいて下さい」

「わかった」


 頷くユニオに、俺は出来る限り冷静に聞こえるように気を付けて言葉をかけた。


「貴方の本当の名前は、和田優矢。

「――え?」


 ユニオの目が点になった。

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