第24話 晩餐会準備
優矢が記憶を失ってこの世界にいて、更に隣国ベラスティア王国の貴族の養子になっていることがわかって二日が経った。俺はその情報量を処理し切れず、更にどうしたら優矢にユニオ・メージルアではなく和田優矢だと思い出させられるかも思いつかないまま、遂にラスティーナ王国とベラスティア王国、そして他の国々の会談の日となってしまった。
「今日は、隣国各国の要人がこの城へとやって来る。みんな、いつも以上に気合を入れておもてなしするぞ!」
「――おおっ」
その日、ラスティーナ王国の王城は朝から大忙しだった。前日以前から準備は進められてきたが、当日となれば当日にしかわからない齟齬が明らかになることもある。俺も優矢のことが気になりながらも、晩餐会で出すデザートを仕上げ手前まで作っておかなければならない。
新しく考えるならもっと早く言ってくれと思ったけれど、ロイドルさんによれば、この国のお菓子が変化してきたことは隣国でも知られているらしい。俺は特に何もしていないんだけれど、ロイドルさんによれば、俺が毎日のように作るお菓子が巷では噂になっているんだと。いつの間にか、王都の菓子店で真似されて国中に広がっているというから驚くしかない。
(そういえば、この前来たワージルさんからの手紙にも書いてあったな。レシピは置いて行ったし、売り上げも上々だって)
時折、新作のレシピも送っている。そのこともあって、王城とワージルさんの店の二拠点から新作菓子が発信されていることになるんだ。そう思うと、俺の「美味しいお菓子を食って怒る奴はいない」っていうモットーは間違っていなかったんだと改めて思う。
そんなこんなで各国の要人は、俺の普段作るお菓子が食べたいんだと。そういうことならば、少しだけみんなよりも肩の力を抜いて良いものを提供したいよな。
「お客さんに作るってことは、優矢も食べるってことだからな。……俺のお菓子で何か思い出してくれたら良いんだけど」
まあ、過度な期待は持たないのが無難だな。俺は気持ちを切り替え、お菓子作りに没頭した。
ここは、スージョンと料理対決をした第二厨房。デザート作りのために使って良いと、ロイドルさんから許可を貰っているんだ。
五十人分のデザートということで、暖かい日が続いているし、今日はゼリーを作ろう。ラスティーナ王国の特産の一つである、イチゴをふんだんに使って。ナタデココの作り方も思い出したから、一緒に入れる。
「……」
「……」
「……ん?」
作り始めてから一時間後、俺は誰かの視線を感じて顔を上げた。そして、目の前でこちらの手元をじっと見ている人物に気付き、俺は思わず声を上げた。
「――うわぁ!?」
「うわっ、びっくりした」
「びっくりしたのはこっちの方だ。何でここにいるんだよ、スージョン」
菫色の瞳を見て、俺は苦言を呈した。すると、スージョンは「父上に見て来いって頼まれたんだよ」と明かしてくれる。
「父上……料理長もどんなデザートが出来るか楽しみなんだとさ。で、それは何?」
「イチゴのゼリー。後は、これを冷やし固めたらほぼ完成」
「へえ、美味そう。その中身の白いのは?」
「ナタデココって、この辺にはないのか?」
「ナタ……? 聞いたことないな。――本当に、お前何処からそういう知識を仕入れているんだよ。この国に、ゼリーっていうのもナタデココっていうのも今までなかったのに。お前が来てから、菓子の種類が一気に増えたぞ」
「あー……」
スージョンに尋ねられ、俺は答えを濁さざるを得ない。俺が異世界から来たという事実は、この国では最高機密の一つになっているんだ。そんな荒唐無稽な話を頭から信じる人はいないかもしれないけれど、どんな悪事に利用されるかわからないからというのが主な理由。
だから、俺が異世界から来たことは限られた人しか知らない。俺は表向き、ノヴァ殿下の客人だ。遠くの国で成長して、祖父であるワージルさん夫婦に引き取られたという筋書きになっている。
スージョンもそれを知っているはずだけれど、最近疑っていることを隠そうとしない雰囲気がある。そろそろ彼を騙し続けるのもしんどくなって来たな。
「……ごめん、今は聞かないでくれ」
「わかった。いつか、絶対教えろよ」
「ありがとな」
諦めてくれたスージョンに礼を言って、俺は作業を再開した。とはいえ、この五十人分のゼリーを冷蔵庫に入れるだけなんだけれど。トッピングに使う生クリームや果物の用意は、出す直前にやりたい。
スージョンも手伝ってくれ、冷蔵庫に入れる作業はすぐに終わった。後は片付けられるものを片付けて、時間になるまで待つ。
「……そういえば、お前は私に何も聞かないよな」
「何が?」
後片付けの洗い物を手伝ってくれるというスージョンに、俺は洗った器具を拭く役目を頼んだ。その洗い物の最中、ぽろりとスージョンが言う。
「何がって……。私が、女子の格好をしていることについて」
「ああ……見慣れ過ぎて忘れていたな」
そういえば、今日もそうだ。コック服は男女共に変わらないけれど、タイの色は各個人の好きなものを選べるようになっている。俺は青。スージョンは、女性スタッフに人気の高い薄桃色だ。
濃い緑色のロングヘアを後ろで束ねてまとめていて、髪にはかわいらしい菫色のリボンがついている。見慣れ過ぎて忘れていたけれど、もしかしたら、今まで好みが男らしくないと言われたことがあったのかもしれない。気にしている素振りのスージョンに、俺は思ったことを口にした。
「だって、スージョンはそういう格好とか色とかが好きなんだろう? だったら、それで良いじゃん……っていうだけなんだけど」
「……初対面で、令嬢のような服を着ていた時も、お前は何も言わなかった」
「ああ、好きなんだなって思っただけなんだ。特に突っ込む必要も感じていなかったし……あの時はほら、スージョンの圧に圧されてたから」
「それは……ごめん」
黒歴史だとでも言いたげに、スージョンは目を逸らす。それが面白くて、俺はふっふと肩を震わせた。
「笑うな!」
「ごめんって!」
笑い出してしまった俺に、顔を赤くしたスージョンが乗っかる。そうやってふざけ合うのは久し振りで、俺は楽しくなった。
勿論、厨房ということは二人とも忘れていない。暴れずに、顔を見合わせて大笑いして終える。
「あははっ。でも、こうやって笑えるようになって嬉しいよ、スージョン」
「ばっ……。恥ずかしいからやめろ。……貴継」
「やっと友達になれた気がする。これからも宜しく、スージョン」
「――っ。し、仕方ないな!」
俺が差し伸べた手を、スージョンは取ってくれた。それが嬉しくて、俺はきっと優矢のことも何とかなるって思えたんだ。
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